「抑制の利いた良作。」ダラス・バイヤーズクラブ ハルさんの映画レビュー(感想・評価)
抑制の利いた良作。
オスカーを獲得した2人の演技は想像以上だった。特にマシューについては演じているということさえ感じさせないリアリティがあったように思う。
作中のロンはアメリカ南部の白人ということでイメージ通りの保守的な思想をまとってはいるが、生活そのものは破綻する手前でいわゆる飲む打つ買うプラス薬もガンガンやっている。そんな彼がいざエイズという難病に直面し、死への恐怖から現実逃避を重ねさらに絶望の淵までいってから、生きながらえることを渇望するまでが序盤ということになる。つらいシーンが続くが、正直なところ同情するまでいかないのは明らかに自業自得でもあるからだ。
この作品では冒頭とラストという重要なシーンだけでなく、何度もロデオ会場のシーンが描かれる。印象的だったのは暴れ牛の目に寄せたカットとクラウンの描写。この作品における暴れ牛の比喩は主人公にとっての人生や現実であろうし、エイズ患者にとってのアメリカ(当時の)であろうし、同性愛者やトランスジェンダーにとっての偏見であろう。そして観客にとっては各々がそれぞれの思いを投影させる対象になる。
さらにロデオにおけるクラウンの存在は和ませるだけにとどまらず、時に振り落とされたライダー達を身を挺して守ったりもする非常に重要なものだ。だからロンがクラウンを見つめる時も彼の心の中で何を見出しているのかは一義ではない。彼が誰もいないロデオ会場でクラウンの幻想を観るシーンは秀逸だったと思う。
中盤から終盤にかけてロンという人物を観客にも寄り添えるように演じきったマシューは凄い俳優になったものだ。保守からリベラルへ、破滅から再生へなどという言及では語りきれない感情の揺れを見事に演じきった。作中でも見かけの増減をしている風だったし、その辺りは一体どうやったのかも気になるところ。ちなみに彼が行きつけのバーでレイヨンと話しているときに「ンーフン」と返事したときの節回しが「WOWS」でのアレにかなり似てたように聞こえてウケた。
日本が絡むシーンは非常に残念すぎるクオリティだったが(AZTの偏った描写も含め)、それを差し引いても素晴らしい作品だった。