おとなの恋には嘘がある : 映画評論・批評
2014年3月25日更新
2014年4月4日より新宿シネマカリテほかにてロードショー
切なくも愛おしい、一生懸命生きている人々への応援歌
劇中で一瞬ドキッとさせられるセリフがある。バツイチのシングルマザーが似た境遇にある中年男性と出会い、やがて恋に発展するきっかけになるホームパーティの場面。いつもにこやかに振る舞うヒロインが「もう冗談を言うのに疲れたわ」と、思わず本音を吐露するのだ。故に原題は「Enough Said」(わかった、もう言わなくてもいいよ)。
あらゆる場面でジョークこそが最良の潤滑油だったはずのアメリカ映画が、そんな風にさりげなく自らの拘束を解いた後、作り手の目線は互いに離婚歴のある中年男女の場数が多い割には臆病な恋にさりげなくフォーカスし続ける。2度目のデートでサンデーブランチに誘われた時、自宅で出迎えた彼のトランクスから一物の先っちょが顔を出しているとか、その後、ベッドインした時、彼女は恥ずかしくて相手を直視できないとか、切なくも愛おしいショットを随時積み重ねつつ。
離婚によって生じる元妻、元夫との距離感、子供たちとの関係、肉体的な衰え、キャリア……。柵ばかりが増えていく人生後半で芽生えた恋は、彼女側の嘘によって一旦挫折しそうになるけれど、そのやや計算尽くの展開も、映画の至る所に散りばめられた人間の皮膚感に寄り添ったディテールの妙で救われる。何よりも、決して美人ではないけれど観客フレンドリーなジュリア・ルイス=ドレイファスが演じるヒロイン、エヴァの職業を、過酷な肉体労働の出張ボディセラピストに設定し、適役の故ジェームズ・ガンドルフィーニ扮する相手役のアルバートを、ダイエットに失敗したダメ男にした点が巧い。かっこよくはないけれど一生懸命生きている人々への応援歌。着眼点とマーケティングが絶妙なフォックスサーチライト作品らしい気配りである。
(清藤秀人)