劇場公開日 1984年3月11日

「ナウシカのドラマが包摂する現実と倫理の相対性、東西冷戦」風の谷のナウシカ 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0ナウシカのドラマが包摂する現実と倫理の相対性、東西冷戦

2021年11月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

1)政治的構図ーー反核・環境運動の使者
本作で登場する国家は「風の谷」「トルメキア」「ペジテ」の3つである。
これらの間には覇権争いが存在するが、ここに巨神兵の卵という力関係を左右する決め手が投げ込まれたことから関係が緊張し、トルメキアとペジテが戦争に突入、辺境の地を自認し蚊帳の外だった「風の谷」も巻き込んで、さらにこれらの国家の存立基盤である腐海(環境)までも脅かす――というのが物語の背景になっている。
東西冷戦下の核開発競争を下敷に、米ソ両国に挟まれた日本から核廃絶や環境保護を訴えるメッセージを伝達する使者がナウシカだった、という構図は明瞭である。
今では中国がソ連に取って代わり、米国と覇権争いを繰り広げているが、巨神兵の卵は核兵器からさらに情報やテクノロジー、経済力にまで拡散してしまい、核と環境問題をシンボルにした本作の訴求力は弱まった。というより核戦争の危機感は後景に退いてしまったから、本作のアナロジーがもはや成立しないと言った方がいいだろう。

2)倫理の相対性について
しかし、そうした政治的メッセージとは別に、本作の構築したドラマは倫理の相対性を描いた秀逸なものである。つまり国家の違いや立場の違いが、個人の意図とは別次元から善悪を生み出すこと、善と悪双方に正当な主張があることを描いている。
ナウシカと同じように魅力的なクシャナは、大国の論理に従いながらも自国の変革を考え、人類救済の道は巨神兵による腐海焼却しかないと信じ、ペジテを侵略し、風の谷を制圧して巨神兵の卵を奪いとる。
その部下クロトワは彼女を殿下と崇めながら、隙あらば自分が世界征服でもしようという人物なのだが、風の谷の住民の要望を安易に聞いてしまう善人ぶり、無能ぶりが可笑しい。
彼らの考えも願望もある意味で正当であり、人間として魅力的である。もちろん日本人代表ナウシカや彼女を慕う老兵たちの人間味は言うまでもない。
このドラマには完全な善も、完全な悪も存在せず、双方が正当な主張をする中で、第三の要因がいずれかに味方し、当面の解決に導いていく――という現実の複雑さをきちんと描いているのである。

3)評価
上に説明したような現実を包摂する傑出したドラマ性のゆえに、本作やもののけ姫などは恐らくいつまでも残るアニメ界の傑作たりえていると思う。
他方、日本のTVドラマ界には、勧善懲悪の水戸黄門や半沢直樹、天才医師のドクター何やらが現実を空っぽなシャボン玉のように扱う作品が溢れかえっているが、ナウシカを見ると、そんな作品群ばかり見ていると頭が腐海に呑み込まれてしまうことに、ふと気づかされるのであった。

小生はこれまでにテレビ、ビデオで10回以上見てきたが、内容について考察してみることはなかった。このコロナ禍の下、たまたま日比谷の大スクリーンで鑑賞する機会に恵まれたことから、以上のようなことを考えながら見ていたら、最後にはお約束通りやはり落涙してしまい、気づかれまいと俯きながら映画館を出たのはちょいと恥ずかしかったw

徒然草枕
Kazu Annさんのコメント
2022年7月23日

そう。とても魅力的にも思えるクシャナをどう見れば良いかわからないままでおりました。徒然草枕さん、その視点を分かり易く提示していただき、レビューに感銘を受けました。有難うございます。

Kazu Ann