罪の手ざわり : インタビュー
ジャ・ジャンクー監督「暴力は人間の本質的な問題」
第66回カンヌ映画祭で脚本賞を受賞したジャ・ジャンクー監督の最新作「罪の手ざわり」が5月31日公開する。中国でここ数年の間に実際に起きた犯罪や事件を下敷きにした4つの物語が展開する本作は、著しい経済発展を遂げた中国の現代社会のひずみが引き起こす暴力を描きながら、京劇や武狭映画という伝統的な大衆娯楽の要素も織り交ぜ、力強い映像で観客をスクリーンに引き付ける。まさにジャ監督の新境地といえる作品だ。(取材・文・写真/編集部)
会社の汚職で長年利益を吸い上げられてきた山西省の炭鉱夫、家族に出稼ぎ先を隠して、送金を続ける重慶の男、妻子ある男とかなわぬ恋を続ける湖北省の女、ナイトクラブのダンサーとの恋に苦悩する広東省の男、それぞれが抱える事情から犯罪に手を染めてしまった4人の生き様を映し出す。
中国版twitter「微博(ウェイボー)」をはじめとしたウェブメディアが急速に広まり、中国全土で起きた事件を誰もが即時に知ることができるようになったことから「中国での人と人のつながり、社会に対しての向き合い方が変わったと感じた」ことが本作製作のきっかけだ。
4つの事件をそれぞれ忠実にドラマ化しても重厚な作品になるテーマだが、あえてフィクション面で幻想的なシーンやアクションなど娯楽性を盛り込んだ。非現実的でファンタジックな表現を取り入れることは偶然思いついたものだという。「すべて現代で起きた事件ですが、これがもし昔だったらアクション映画になるのではないか。例えば明時代であれば、乱世の中で政治や家庭など社会のストレスを受けた登場人物が反抗するキン・フー監督の武狭作品のような。一方、どのように暴力を表現するかと考えたときに、私自身の生活の中に暴力が存在しないので、私の想像による現実を超えたシュールな雰囲気が生まれたのです。事件を伝えるニュースはパブリックな立ち位置で報道されますが、映画においては、そのとき個人はどうだったのかを考えたときに、イマジネーションが生まれるのです」
今回、チアン・ウー、ワン・バオチャンら大スターと無名の俳優陣を同時に起用した。セリフのないシーンの表情ひとつからも、過酷な環境に身を置くそれぞれの登場人物の生きざまが伝わってくる。「今回は有名な役者を起用しましたが、その人たちが有名であるかどうかは僕にとってはあまり重要なことではないのです。一番気にかけたのは、これまでの私の作品でもそうですが、日常生活の中で生きていくところを自然に演じられるかという部分、そしてそれだけではなく、暴力シーンなどで、劇的なお芝居としての力を持っている人。その両方を持っている人を考えてのキャスティングです」
これまでの作品も高い評価を世界で得ている一方、中国で公開されないことにジレンマはないのかと問うと、「もう10年以上映画を作り続けているので、それについてはとても穏やかになりました(笑)。今作に関しては、これまでのものを打ち破って作ったテーマで、暴力そのものが中国では容認されない題材です。外国の皆さんは、まず中国当局の圧力を考えると思いますが、保守的なのは社会の問題。観客もまたしかりなのです。受け入れられるかどうかというのは、国だけの問題ではありません。ですから、そういう中で僕はこの題材、方法を選んだので、忍耐強くいたいと思っています」
そんな現状が続くなかでも、長年にわたり現代中国社会を切り取った作り続けている。やはり今の中国を世界に伝えたいという使命感から題材を選んでいるのだろうか?「私は特別に使命感を持って、中国社会を描いた作品を作ろうと思っているわけではありません。やはり映画を作ることは、人間の気持ちに根ざして撮っていくもの。その中で、その背景に置かれる社会の描写が深いときも、浅いときもある。私が今回の作品の素材にひかれたのは、暴力には様々な暴力の形があり、日常生活にぽとりと落ちてきた暴力がだんだん広がって形になってしまうということなのです」
そして最後に「人間の歴史は暴力の歴史だと思います。それは地域差があることではなく、世界のどこにでも存在します。私が強調したいのは暴力は社会の問題だけではなく、人間の本質的な問題でもあるということ。この作品ではそれを語っていますし、日本皆さんにも見てもらえたら」と結んだ。