「忍耐という歴史。」蜩ノ記 ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
忍耐という歴史。
なんて美しい日本映画だろう。
とかく日本人は蔑まれて侮辱されて卑下されても耐える。
これほど忍耐に秀でた国民性は世界にないと思うのだが、
それは日本人が受け継いできた歴史に因るところが大きい。
納得のいかない仕事に対しても、難儀を申しつける上司にも、
逆らわず(逆らえず)辛酸を舐めてきた武士や農民がいた。
彼らは決して馬鹿ではないし、臆病者でもない。
反旗を翻して戦うことだけが得策でないのを心得、
時が過ぎ忍耐が報われるまで脈々と歴史を紡いできたのだ。
主人公・戸田秋谷の名文句に、幾つも頷かされる。
人生いろいろと云うけれど、こんな難儀な運命もないだろう、
戸田に課せられた10年後の切腹と家譜の編纂は長い。
冒頭の紹介から彼の人となりが語られ、更に事の真相に話が
及ぶと、これが謀られた処罰であることはすぐに分かる。
だがそれをものともせず、あくまで残り3年後に迫った切腹は
果たすと誓う秋谷。それはなぜなのか。謂れなき罪を着せられ、
ただひたすらとそれに向かう武士の心中が最後に紐解かれて、
ああそうだったのかと至極納得。彼は大殿への忠義を果たした。
だからあの晴れ晴れとした笑顔なのか。あんな笑顔で切腹に赴く
武士など見たことがない。爽やかな終焉に涙が予告なく零れる。
何もかもやり遂げて思い遺すことはない笑顔に何も言えない。
美しい四季に彩られた野山の景色に作物の収穫、い草織りなど、
日々を巡る農民の働きや年貢の取り立てなど、生活に根差した
描写が生きる繁栄を伝え、やっとの家老の決断に真実味を促す。
最後になって聞こえてくる蜩の声が、いつまでも耳に残る。
何をやっても絵になる役所の名演技と、若侍の岡田准一の抑演、
妻も娘も息子も友人も敵方もその佇まいや所作に狂いがない。
派手さは何もないのにどうしてこれほど武士道を感じ入るのか、
黒澤組で小泉監督が培った風情の趣には恐れ入るばかりである。
(もちろんエンディングも一切手抜きなし。これぞ正統派時代劇)