劇場公開日 2013年5月25日

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「人生を切り売りするグロテスクなビジネス」アンチヴァイラル 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0人生を切り売りするグロテスクなビジネス

2013年7月6日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

怖い

難しい

寝られる

鬼才デビッド・クローネンバーグ監督の息子、
ブランドン・クローネンバーグの監督デビュー作。
ここまで作風が似るとは、さすがは親子っすねえ。
昔の父親の作品を彷彿とさせる怪奇な映画だった。

えー、とりあえず、食前食後にはオススメできません。
生理的嫌悪感を感じずにはいられない描写が多く、肉料理なんて
しばらく見たく無くなります(笑)。血が苦手な人も鑑賞注意です。
映倫さん、これのどこがG指定(全年齢対象)なのさ。
最低でもR15が妥当だと思うんすけど。

セレブがかかった病気のウィルスを採取・培養し、ファンに提供(投与)するという
ビジネスが行われている近未来。ウィルスを投与する技士である主人公はある日、
ハンナ・ガイストという美しい女優のウィルスを自身に投与するが、それからしばらくして
ハンナが死亡。更には主人公を付け狙う謎の組織が現れ……といった内容。

セレブのウィルスの投与という着眼点からして唸る。
熱狂的なファンは、崇拝するセレブと肉体的にも精神的にも
一体化したいと願うもの。有害なウィルスまでも共有したい
というのはその願望がイき着くとこまでイっちゃった形だろう。

『憧れの存在と一体になりたい』という消費者の願望を満たす商品の数々。
ヘルペスウィルスの唇への投与、食用に人工培養されたセレブの細胞、
垂れ流され続ける下世話なワイドショー。
それらと対比するように挟み込まれる、完全無欠なまでに美しい女優の姿。
吐き気を覚えるほどにグロテスクなそのコントラスト。
ノイローゼになりそうなほど白が映える画作りもストレスフルだ。
いや、これ、この映画の場合は誉め言葉ね。

主人公の勤める会社の社長がこんな台詞を言っていた。
この商売は「知らない事に苦しむ数百万人の為のビジネス」だと。
ご存知、知る権利。我々は知りたい事を知る権利があるという主張。
それを実現するという大義名分を掲げる企業。何の比喩であるかは明らかだ。
誰が誰と浮気をしたとか、誰が誰の子を生んだとか、
知られたくない人生の断片を大衆に切り売りされる有名人。
有名である事それ自体が罪であり、その罪を償えと言わんばかりに、
ずかずかとプライバシーを搾取される。そんなゴシップ記事に嫌悪感を
抱く理由と、この映画に不快感を覚える理由の根っこはきっと近い。
知りたいという主張自体が悪いとは思わないが、
知られたくないという側の気持ちを全く顧みないのでは、
それは一方的で身勝手な欲望と変わらないじゃないか。

カリスマモデル、人気俳優、有名歌手、最近であれば容姿端麗なスポーツ選手……
マスコミが大衆のイコン(崇拝対象)を造り出し、
持ち上げるだけ持ち上げた挙げ句、崖へと突き堕とす。
その姿に飛び付く者達から利益を獲ようと、
旨みが無くなるまで一個人をしゃぶり尽くす。
飛び付く相手はイコンを崇拝する者でも、中傷する者でもいいのだ。
利益を生んでくれさえすれば。
この″ビジネス″を極限まで誇張すると、この映画のような
グロテスク極まりない世界が出来上がるのかもしれない。

ああ、哀れなハンナ。
彼女の最後の姿は、文句ひとつ言わずに利益を生み続けるイコンだ。
彼女はもはや人間としての人格を保てない。
人々から無限に搾取され続ける不死身の金のガチョウだ。
利益の源泉として、そして崇拝する者たちの欲望を満たす存在
としての「完璧な姿」。これをおぞましいと言わず何と言う?

主演ではないが、人気女優ハンナを演じたサラ・ガドンが良い。
デビッド・クローネンバーグ監督の『コズモポリス』にも出演
していた彼女は、磨き抜いた大理石みたいに完璧で無機質な
美しさがある。劇中の言葉を借りるなら、超越的。
一方で、主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズの
病的な雰囲気も凄い。ホントに精神がヤバい事になってそうな
顔色がハマり過ぎている。いや、だから誉め言葉ですって。

と言うわけで、テーマや世界観の描き方は非常に面白いのだが、
体調を万全の状態で見ないと結構シンドイ。
ここのところ仕事が忙しくて疲れ気味の自分なのだが、
今回は観るタイミングを誤ったとちょっと後悔……。
そして残念ながら物語のテンポは見事とは言えず、中盤かなりの
眠気に襲われたのも事実。この辺りは今後に期待か。
この手の映画に耐性のある方なら是非。

〈2013.06.23鑑賞〉

浮遊きびなご