「母と娘。」麦子さんと ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
母と娘。
「ばしゃ馬さん~」でもそうだったが、シンプルな物語の中に
ドキッとする鋭い視点を当てて描くのがこの監督の特徴。
今作でも、娘の心の変遷が静かに語られる以外に起伏はない。
なのに鑑賞後の達成感!その爽やかさときたら。
これほどシンプルな話にグッときてしまうのは、身近な問題や
日常生活の苦悩が、描き方によっては、これだけのドラマに
できるというお手本。さすがオリジナル脚本に拘り、次々と
面白いドラマを生み出す監督だけあるな~と感じさせられる。
とはいえ、主人公の麦子さん(お母さんの名前かと思った)の
育った環境は厳しい。両親の離婚により、母親の顔も知らずに
父親の元で育ち、父の死で兄と二人きりになっても変わらない
兄の尽力で(?)麦子はすくすくと成長し、今ではアニオタ(爆)
声優をめざして専門学校に入るお金をアルバイトで貯めている。
そんな中、突然現れた母親・彩子。実は末期ガンだった彩子さん、
あれこれ世話を焼いた挙句、あっという間に亡くなってしまう。
実はその彩子が兄宛に生活費を送ってくれていたことを知り、
母親との距離を縮められないまま、酷い台詞を吐いてしまった
麦子は、苦い想いを抱えたまま母の故郷に納骨に向かうのだが…
麦子の於かれた状況からいって、すぐ母親に素直になれないのは
普通のことで、それでもまだ麦子は(兄にも迷惑かけていたから)
周囲の言うことを素直に聞いていた方だと思う。突然現れた母親に
我がままの一つも言ってやりたいと思うのは当然のことで、それでも
手作りトンカツを母親に食べさせるなんていう優しさにはグッとくる。
もっと母娘したかったろうに…ドラマは、麦子が彩子に抱いていた
母恋しさを取り戻すまでの日々を、丹念にゆっくりと描き出していく。
母親のことをババァ呼ばわりしていた兄が、火葬場で人知れず号泣
している後姿や、麦子が田舎で出逢うミチルや夏枝といった母親像の
描き方が秀逸で、押し付けがましく感動を煽ってこない。
彩子の過去もそこまでは掘り下げず、大きな理由を語るのでもない。
皆それぞれ抱えるものはあっても、それなりに前を向いて歩いている。
子供に苦労をかけられても、エヘッと笑って立ち上がる親の姿である。
麦子に突き飛ばされた彩子が頭を掻き、笑いながら「イタタタ」という、
(息子と夏枝の時も同様に)あの母親の描き方に泣かされてしまった。
母は、強し。いや、強くならなきゃやっていけない。
麦子はそんな一つ一つを前にして、少しずつ母親像を掴みとっていく。
どうして「赤いスイートピー」なのか。
なぜ麦子はアニオタなのか(しかも劇中アニメもオリジナルだって)
監督独自の描き方には謎も多いが、鋭い視点が見つめる家族観は
実に温かく健康的な面が多い。だから爽やかなんだろうか。
(目覚まし時計の役割がいい。彩子から麦子へ、大嫌いから大好きへ)