「共存できない2人のあなた 【裏バージョン追記】」バイロケーション 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
共存できない2人のあなた 【裏バージョン追記】
ホラー短編集『怪談新耳袋』で何編かを手掛け、
『呪怨』のスピンオフ作品である『呪怨 黒い少女』、
メタフィクション構造のアイドル主演ホラー『ゴメンナサイ』
でも才気を奮った安里麻里監督の新作。
「『シックス・センス』を越える衝撃!」という宣伝文句は
たぶん今まで50回くらい聞いたと思うのだが(笑)、
本作に関しちゃこの宣伝文句はわりかしウソじゃないと
思いましたよ、あたしゃ。
自分が本物だと思っていたら実は……という展開はまだ読める。
だがその先の、それまで注視していた筈の物語の構造を
根こそぎ引っくり返すひとヒネリがなかなかスゴい。
* * *
そして何より、鑑賞後に感じるこの物悲しい余韻。
「あの時あの道を選んでおけばどうなっていただろう?」
『バイロケーション』の物語の出発点は、
きっと誰もが一度は考えるそんな疑問なのだろう。
もしかしたら自分は、自分の夢を叶えていたかも。
自分の才能と努力が世に認められていたかも。
嫌な上司を押し退け、高い地位と名声を手に入れていたかも。
家族に縛られない自由な人生を生きていたかも。
大好きなあの人と幸せになれていたかも。
質問自体が無意味だという事は自分でも重々分かっている。
けれどそれでも、その問いは僕らの心を苛み続ける。
もう1人の自分の姿。
自分が望むものを手に入れた、幸せな自分の姿。
取り戻せないものを思い続ける。あるいは、
取り戻せないものを取り戻そうと躍起になるあまり、
今手にしていた筈の大事なものまでも失ってしまう。
この物語にはそんな悲しみがある。そこに強く惹かれる。
* * *
なので、この映画の恐怖は幽霊モノのようなホラーというよりは
サイコスリラーのそれに近い。主人公らを追い詰めるのは、
主人公ら自身が抱える執着が増大した結果だからだ。
“バイロケーション”が日を重ねるほどに凶暴化していく様は、
日々押し殺してきた不満が蓄積し続け、やがて爆発するのにも
似ている。
* * *
劇中でもっとも凶暴だったのは、近ごろ引っ張りダコの
滝藤賢一おじさん。この方はひょろりとした体型に不釣合いな
ごろんとした眼が怖いっすねえ。
酒井若菜の役も良かった。彼女が息子から「ニセモノ」と
罵られる辺りから、物語が俄然面白くなりだしたと感じた。
主演の水川あさみも良い。6Fの主人公の鋭く孤立した雰囲気。
対して、5Fの主人公のわずかに柔和な雰囲気。2つの人生を
過ごした人間の微妙な表情の差を巧く表現できていたと思う。
* * *
まあ、これだけごちゃごちゃしたプロットなので色々と
整合性の合わない部分やあやふやな部分もあるよーな気もする。
“バイロケーション”の出現ポイントやタイミングや
一部の人物の行動はあまりに物語に都合が良すぎるし、
(銃を撃つ前に手鏡を使わなかった点はどうしても納得いかない)
最大のドンデン返し以降が間延びしてしまった印象も受ける。
主人公の“バイロケーション”だけが彼女に襲い掛からない理由も
弱いかなあ。住居が2つあった点や、出現から日が浅い点が
ポイントではあると思うのだけれど。
* * *
とまあ、気になる点はちらほらあるが……
個人的にはかなりかなり好きな映画。
僕は恐怖映画とダウナーな物語に弱いんすよ。
高過ぎると思われるかもだが、4.5判定で!
さて、本作は結末の異なる『裏』バージョンも公開されるとか。
いつもは「別エンディングなんてDVD特典で十分」と思っている
僕なのだが、たぶん今回は裏バージョンも観てしまうと思う。
リピートしないと話を整理できない部分だらけだし、
そして、主人公の別の結末を観てみたくてしようがない。
これもまた、「あの時ああしておけば」という気持ちから来る
同情のようなものなのかもしれないが。
〈2013.01.18鑑賞〉
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追記:
裏バージョンを鑑賞。最後の最後以外は『表』と同じなので
「あれ、『表』じゃないよね、これ……」と若干焦った(笑)。
ちょいと都合が良すぎるかなあとも思うが、
救いのあるラストシーンにホッとした。
『表』は全く救いがないものね。
それに、バイロケ(高村)にとっては幸せな結末だったが、
求めたものをひとつも得られなかったオリジナル(桐村)
の末路を考えるとやっぱり物悲しい。
けど、それでも全く救いのない『表』の方が好きな自分。
いやはや、ダウナー好きにも程がある(笑)。
〈2013.02.15鑑賞〉
浮遊きびなごさん
裏バージョン観られたんですね。
その通り、違いはラスト三分間。
ダウナーな方には微妙かもしれませんが
私は最初に悲しすぎる表を、みて後で
裏をみて良かったです。
逆だったら、悲しみ倍増ですもん。
でもダウナーな浮遊きびなごさんには
こっちの方が良かったかな(笑)
ほぼ同じ作品こんなに短期間でみる経験も
初めてでしたのでコレハコレデ良かった。
改めていい作品だと認識しました。
後、ほかの方が書かれた、
バイロケの最新レビュー是非みてください。
興味深いですよ。
浮遊きびなごさん
こんにちは。
裏バージョン見てきましたよ。
レビューに追記したのですが、
個人的にはこちらの方が私には合っています。
良い意味で悲しみが続くエンディングより、
さらりと忘れられる方がこの物語には
あっているんじゃないかなあ。
見たらまた、感想教えてください。
浮遊きびなごさん
初めまして。としぱぱと申します。
私もバイロケーション観ました。
個人的に余り、レビューが上手く書けず
後悔していたのですが、浮遊きびなごさんの
非常に素晴らしいレビューを拝見して
コメントさせて頂きました。
なかなか文才と言うものは身につかない。
上手な方のレビューパクるしかないので(笑)
この物語のスタートに皆、あの時にこうしていたら
というある意味強烈な後悔や懺悔の念がバイロケの
始まりとは、成る程と感心いたしました。
まあ、文章は書き直せばいいのですが。
自分の消したい黒歴史は皆ありますよね。
ということは叶えられない自分の願望を
何とか満たしたいという思いを引きずる
自分自身(本体)の方が本当は
バイロケに近いかもしれないですね。
私はラストはハッピーエンド派なので
裏バージョンにも期待しています。
これからも素晴らしいレビュー、
楽しみにさせて頂きます。