「今どき少年の秘密基地」孤独な天使たち Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
今どき少年の秘密基地
大病を経て復活したベルトルッチ監督の10年ぶりの新作は、母国イタリアで撮った瑞々しい青春映画だ。
ロレンツォは、人とのコミュニケーションが苦手な感受性の強い14歳。学校では孤立し、自分の思い通りにならないとすぐにキレる。過保護な母はそんな彼にカウンセリングを受けさせるが、本当に息子のことを理解してはいない。彼の今の唯一の望みは、周囲から逃げ出すことだ。
ロレンツォは学校のスキー合宿に参加すると偽って、1週間自宅マンションの地下室に籠る計画を立てる。ロレンツォの自宅はヌード・プロプリエタ(相続する人のない高齢者が、自分が一緒に住むことを条件に持ち家を安価で売却する不動産システム。これ、日本でも導入されればいいのに)によって手に入れた大きなマンションだ(『シャンドライの恋』を思い出させるらせん階段がステキ)。割り当てられた大きな地下室には電気や水道の設備がある。前の持ち主は貴族出身で、彼女が亡くなった今は使わなくなった大きな家具や豪華な衣装が収納されている。ロレンツォは事前に用意した食料を持ち込み、家具を配置し、居心地の良い彼だけの秘密基地を完成させる。余談だが、モバイル機器の発達した現代では、完全に社会と隔絶した生活にはならない。ノートPCとスマホを持ち込めば、いつでも誰かに連絡が取れる、音楽が聴ける、動画が観られる、最新のニュースが分かる、ゲームなどの暇つぶしができるetc・・・。完全に社会から孤立しないのが現代少年のぬるい点だ(笑)。孤独な少年は一人遊びの天才だ。ペットショップで買った蟻の巣を観察したり、シェイクしたコーラをこぼさないように一気飲みしたり、音楽に合わせてベッドの上で踊ったり、アルマジロのように家具の周りを回ったりする。それでも神経質な彼は、自分のルールできっちりしすぎるほどきっちりした地下室の生活を送る、そう二日目までは・・・。
彼の王国に突如闖入して来たのは、母親の違う姉オリヴェアだ。彼女の登場シーンがとても良い。毛足の荒いコートを着た姿がまるで獣のよう。それが、ニットッキャップを取ったとたん波打つ金髪の美女に変身する。心憎い鮮やかな演出はいかにもベルトルッチだ。
父の再婚相手(ロレンツォの母)と上手くいかなかった彼女は、数年前から家を出ていたのだが、あてがないので、しばらくここに泊めてくれと言う。目の前で突然嘔吐した彼女は、実は重度の薬物中毒者で、再起のための薬抜きをしているのだ。激しく苦しむオリヴィア。ついにロレンツォはオリヴィアのために、見つかる危険を冒して睡眠薬を調達に出る。
1週間の間の2人の関係性の変化が繊細かつリアルに描かれ、オリヴィアの苦しみ(義母への憎悪と思慕)とロレンツォの成長が心に沁みる。特にロレンツォは、当初の生意気な表情から、柔和な少年らしい顔つきに変化するまでなる。彼は今までの利己的な少年ではない。姉弟が最後の晩餐で、抱き合い踊る姿が心温まる。母に甘えられなかった少年が素直に姉に寄り添って眠る姿が微笑ましい。
1週間後の朝、家の前で別れる2人に明るい希望が見えるが、ただ1つの不安要素は、薬を断ったはずのオリヴィアが、ロレンツォが眠っている間に薬を買ってしまったことだ。おそらくその薬は彼女のお守りのようなもので、薬を持っていることで安心したいのだと思う。それが証拠に彼女は薬を入れたタバコの箱を地下室においていこうとしたではないか。しかし気を利かした(つもりの)ロレンツォが忘れものだよと注意したため、持っていくことになってしまったが。ドラッグは辞めると弟に誓ったオリヴィアだが、人間それほど強くは無い。もしオリヴィアが再びドラッグに溺れ、廃人と化してしまっても、ロレンツォには彼女を恨んでほしくは無い。人の苦しみを理解し許す大人になってもらいたい。