危険なプロットのレビュー・感想・評価
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観たかった度△鑑賞後の満足度◎ 映画を含む創作する事の根源の欲望と、創作できる者と出来ないけれども批評し導く者との相剋とを、教師とその生徒を通して描くフランソワ・オゾン版『裏窓』。
①映画や小説というのは、主人公が実在の人物であれフィクションのキャラクターであれ、ある側面から見ると彼らの人生・生活を覗き見しているようなものである。
勿論、特にフィクションの場合、何かを描くため、表現するために主人公をはじめ登場人物が作られ彼らの性格・生活・人生が創出されるわけだが、反対から見ると私たちは彼らの送る日々・生活・(生活の場としての)家庭を覗き見しているとも言える。
そういう意味ではとても映画的な映画だと言えるだろう。
②ジェルマンは小説家として大成したかったが(過去に小説を書いて出版もしている)自分に文才がないのを自覚しており今は高校で文学や創作を教えている。
言ってみれば創作する才能がある側でなく、その才能を見つけたり伸ばしたり創作物を批評する側になる。(映画の世界では、監督・脚本家と製作者・批評家との関係にあたると言えるだろう。)
③家庭に恵まれず今は障害者の父の世話をしながら高校に通うクロード。
他人の家、特に恵まれた(と見える)家庭を覗く・訪れることに強く惹かれたのは、その境遇からだと言えるかもしれない。
④その下世話な個人的嗜好を学校の作文の宿題に書いたことで、たまたま文才があったクロードは皮肉にもジェルマンの目に止まることになる。
文学的な
現実と虚構の境目が徐々に曖昧になっていく様が面白い。決して劇的ではなく、じわじわと読み手を侵食していく感じ。
クロードの内面描写を極力抑える事で彼の妖しさも旨く演出できている。
静かな夜にワインでも飲みながら観たい作品。
上品な変態映画
高校の国語教師の仕事に嫌気がさしていたジェルマンは、一人の生徒クロードの作文に文才を感じ、個人指導をするようになるが…。
鬼才フランソワ・オゾンによるサスペンス。
巧みな語り口に引き込まれてしまうが、客観的によくよく考えてみれば、なかなかの変態映画でもある。
クロードの作文は、平凡な同級生の平凡な家庭に入り、そこで見聞きした平凡な生活の様子をまるで一つの物語のように事細かに書いたもの。
盗み見、盗み聞き、いやいや、盗み書きといった所。
時には皮肉めいて侮辱したり。
言葉選びや文法など最もな指導をしているようで、実は他人の家の様子が面白くて堪らないジェルマン。
やがてクロードは、欲求不満そうな魅力的な同級生の母親によこしまな感情や欲望を抱くようになり…。
作文として書いているので全て実体験なのだろうが、本当にそうか妄想か、劇中のジェルマン同様翻弄させられる。
作文を使って他人をコントロールしていたかのようなジェルマン。
が、実際にコントロールしていたのは、クロードの方かもしれない。
全てはシナリオ通り…のようなジェルマンの身の破滅。
美しい顔立ちながら意図が読みにくいクロード役の青年の佇まいが印象的。
“続く”とは他人を捉えて離さない魔法の言葉。
個人的にびっくりしたオチが。
ラストのジェルマン、あまりの変わりように最初誰だか分からなかった!
あの、すみません。 宮藤官九郎さんもフランソワ・オゾンも、言いたいことは同じだと思います(多分)
・退屈な中流家庭も感性豊かな美しい少年(エルンスト・ウンハウアー)の目を通せば、こんなに官能的で緊張感のあるサスペンスになるってのが、オゾンの「危険なプロット」です。
・退屈な団地の日常も、頭の中はエッチな妄想で一杯な中学生の円山(平岡拓真くん)の目を通せば、こんなに下品で面白いサスペンスになるってのが、クドカンの「中学生円山」です。
・凡人教師(ファブリス・ルキーニ)が身の程をわきまえず、才能ある美少年を指導して中流家庭をモデルにした妄想小説を書かせるのが「危険なプロット」です。
・邪悪な目をした団地の正義を司る男(草彅 剛くん)が、エッチなことで頭が一杯な円山の妄想を褒め称え、最終的にヒーローへと昇華させるのが「中学生円山」です。
・妄想が現実を越えた時、破滅を向かえるのが「危険なプロット」です。
・妄想が現実を越えた時、あるモノに舌が届くのが「中学生円山」です。
なんやねん!
円山の到達感に、全く共感できません!
でも届いたのはモノだけではなく、過去の悲しい事件にも。
円山の「あるモノに届く為の毎日の鍛錬」と奇妙な妄想、点在する一見すると意味がなさそうな出来事が最終的に一つに纏まる「中学生円山」です。そいうとこ、伊坂幸太郎先生的です、多分。
子供が夢見るヒーローって、つまり正しい大人の象徴なんですよね。
つよぽん演じる下井は妄想を上手くコントロールして、円山を正しく導いていた。クドカン、ちょっと綺麗に纏めすぎ!
けれど、円山の父役、中村トオルさん格好いいなぁ-。
ビーバップの時に、中村トオルさんの魅力に気付けなかった自分を、30年近く責めています。
そんな反省にて、以上です。
二人を翻弄する“危険なプロット”
最初に書いておくと、最近のフランソワ・オゾンの作品の中では抜群に面白かったし、少なくとも私は好きだった。
序盤を観ていると、小説の道を諦めた中年男の文学教師ジェルマンが、碌に文章も書けない“蛮族”の如き生徒の中で、才能の片鱗を感じさせる生徒クロードに出会い、運命を狂わされるという「ベニスに死す」的な展開を想像してしまうが、今作はそう単純ではないところに面白さがある。
宿題の課題“週末の出来事”が、文字通り“危険なプロット”となり、まさに現実が先か?小説が先か?虚実ないまぜに動き始める。二人はこのプロットに翻弄されるのだ。
本当は欲しかったのかどうかはともかくも、子供のいないジェルマンと身体の不自由な父親とはいわゆる普通の親子関係が逆転しているクロードの関係を擬似親子と見ることも出来るかもしれないが、
二人の関係は決して一方的なものではなく、言ってみれば、作家と編集者、共犯関係になっていく。
オゾン作品の主人公としては珍しい中年男。悲観論者で皮肉屋のジェルマンを演じたファブリス・ルキーニ(コメディ要素控えめのウディ・アレン!)がいい味を出しているし、ジェルマンの妻ジャンヌのクリスティン・スコット・トーマス(ダイアン・キートンあるいはミア・ファロー)との掛け合いも絶妙で楽しかった。
“続く”の魔力に魅せられます
常々より、映画はの良し悪しを決めるのは、シナリオ、演出、そして役者の順だと思っているが、久々に三拍子揃った秀作だと思う。
舞台はフランスの高校。元、作家志望の高校教師が、添削中の作文の一つに心惹かれる。その文章のラストは、“続く”。彼に文才を感じた主人公ジェルマンは、特別授業と銘打って物語の続きを求めていくが、いつしか主従の立場が逆転してゆくという心理サスペンス。
クロードが華奢な肢体に制服を身に付けてゆく冒頭シーン。制服という呪縛と、未成熟な少年の危うさを暗示させる絶妙な始まりだ。さらに、クロードの人格を深く描かないことで、あくまで主人公の好奇心の目(フィルター)とし、ひいては、私たち観客も同じ視点へぐいぐいとはまり込ませる巧みさ。ラストの結末まで一気に引き込まれる。
クロード役のエルストンの控え目でいて、存在感ある演技、その目力。今後が楽しみです!
まさに危険なプロット!!
間違いなく、エルンスト・ウンハウワー(クロード役)の虜に。
彼の色目で脳みそがとろけそう
物語が進んでいくごとにクロードが紡ぎだすストーリーの中に引き込まれ、いつしか現実とフィクションの間にある混乱に取り込まれていく。
それは、魅力的な文学と出会ったとき、ページをめくる手が止められなくなるのと同じ。
ほんの数秒先の展開すら待ち焦がれるようになり、物語から目が離せなくなっていく。
創造するとはどういうことか、観客であるとはどういうことなのか、その魔力と本質について。
続きが気になる
怪しげでどこか危険な香りを漂わせる美少年…キャスティングが最高でした!彼の続くにどんどん引き込まれていくジェノマンの気持ちがよくわかります!しかし…どこかシリアスにならないのはラファのおかげでしょうか笑
覗き見の誘惑。
「続く…」の魔力、若しくは背徳の禁断の中毒性。
ミイラ取りがいつの間にかミイラになる、攻守の切り替えの上手さ。
物語が現実を浸食し、夢か誠か…境界のあやふやになる不安を煽る演出はさすがオゾン監督。
クロード役のエルンスト・ウンハウアー氏、今後注目です。
"続く"の魔力
この映画では、主人公のクロードが、国語教師のジェルマンへ小説を書き、添削してもらっているのだが、そのクロード君の書く小説は毎回、一枚分で"続く"になっている。しかも物凄く続きの気になる所で!
クロード君の小説の"続く"の魔力は、ジェルマンだけでなく、観客である私までも惹きつける。
人は、観てはいけない、と言われたものほど観たくなる、という言葉が当てはまる作品!
なんといっても、主役の美少年、エルンスト・ウンハウワー君の影のある謎めいた目にやられた!
ミステリアスな物語を更にミステリアスにしている。
美少年目当てでも良いから是非とも観てもらいたい作品!
「つづく」という言葉がもつワクワク感
拙い文章を書く生徒たちに辟易していた高校教師ジェルマン、男子生徒クロードの繊細な描写に目がとまる。
ある家族の日常をただ書き留めただけの文章だが、その鋭い観察眼と、文章の最後に書かれたひと言「つづく」に、観ているこちらも教師ジェルマンと一緒になって興味を惹かれる。
対象となる家庭に入り込み、家の隅々まで嗅ぎまわるクロードは観察する欲望に飢えた異常者のようだ。高校生クロードを演じる、玉木宏似のエルンスト・ウンハウワーの人を吸い寄せるような眼差しが効果的。
書き留めたいという欲求と、指導する立場を逸脱して読みたいという欲望が渦巻き、歯止めが効かなくなりエスカレートしていく様子が、そのまま観ているこちらの好奇心に重なる。まさに危険なプロットに呑み込まれた恰好だ。
高校生クロードの未成熟な魅力と、現実と想像の間で蠢(うごめ)くストーリーに取り憑かれた大人たち。彼らを待っている結束と崩壊の結末まで、よく練られた脚本が面白い。
ヒッチコックさながらの秀逸なサスペンス。
9日、渋谷ル・シネマにて、午前11時15分の回を鑑賞。
15日で終映ということなので、焦って観てきました。
客の入りは悲惨なまでに少なく、一割程度。しかし、内容は買えます。今年、観た映画の中でも最高ランクの作品です。
もし、ヒッチコックが21世紀に生きていたなら、こんな作品を撮ったのではないか、と思わせる秀作です。
高校の国語教師が生徒たちに作文の課題を出したところ、一人だけ抜きん出た作品を書いた生徒がいて、その結末は、続く、で終っていたところからその教師は更に同様の課題を出し続ける、教師の欲求はエスカレートし、同様に、その生徒も教師を挑発するように作文を書き続ける・・・、というのが大まかな筋です。
この作品に関心があって、まだ観ていないという方は会社や学校を休んでも、是非とも映画館に馳せ参じましょう。この監督の代表作「まぼろし」を蹴落として、新たな代表作になる可能性、大です。
配給会社の宣伝力不足もあったのかもしれませんが、どう考えても
一割程度の客の入りは間違っています。
皆さん、たとえ二番館の上映になっても、観に行きましょう!
この映画を観ないで、今年の映画は語れない!最高に面白い拾い物だ
映画や芝居、文学好きは勿論の事、音楽好きの人も含めて、創作活動が大好きと言う人達には、絶対に必見の映画だと思う。特に音楽が効果的に使われていると言う気はしないが、自己のイメージの世界観を表現していくと言うプロセスを非常に巧みに見せてくれている作品であり素晴らし出来の映画だと思う。105分があっと言う間だった。
しかし本作は、私の住む神奈川県内の一部のシネコンでも上映されていたが、この作品の上映も、あっと言う間に終了してしまった事は残念だ。
この作品は、この予想出来ないラスト、作品の主人公である国語教師ジェルマンが教え子のクロード・ガルシアの文才に心を奪われ、翻弄されていくように、私の心も、観客の心も、このクロードの罠に徐々にハマってしまうが、それが快感でたまらない!
しかし、どうしてこんなに面白い作品が、多くの劇場で観られないのか、日本の映画配給業界事情がどうなっているのか、疑問に思うと同時にちょっぴり怒りを憶えた。
ハリウッドの、つまらない映画が幅を利かせているシネコン主流の上映システムの中で、こうしたヨーロッパを始め、その他の国々で制作された作品の中には数々の秀作が有るが、それら秀作の多くは、作品の存在自体を知られないままに、上映が終了し、レンタル化も遅くなり、ついには忘れ去られ、お蔵入りして、朽ち果ててしまう映画も多い。非常に勿体無い事だ。
本作は特に文学のストーリー展開の仕方、映画も同様だが、物語がどの様に組み立てられていくのか?その基本が次々と映画の中で明かされていく。その中で「バタフライエフェクト」の様に一つの出来事の後に起こる、次なる展開の幾通りもの可能性の枠がどう変化する可能性があるのか?その展開が面白くなっていくプロットとは如何なる物なのか、こんなにワクワクする映画も、中々ないと思う。
日本でもフランソワ・オゾン監督は人気が高いと言うけれど、普段フランス映画をあまり観ない私は、彼の作品は「スイミング・プール」「ぼくを葬る」の2本しか観ていなかった。
だが、この「危険なプロット」を観て、私もオゾン監督の大ファンに仲間入りした。
早々「しあわせの雨傘」「Rickyリッキー」など彼の他の作品も観てみようと思う。
本作は、オゾン監督がスペインの戯曲をフランスの高校に舞台を移し、そしてラストシーンも監督独自のアイディアで展開を変更してこの作品を仕上げていると言う。
観客の予想出来なかったラストシーンと言う事では、本当に見事なラストだった。正に「危険なプロット」そのものだった。
本作は先が全く読めない展開、と言う事で、サスペンス映画の面白さの要素が有り、しかもフランス映画ならではの、画面から適度に醸し出される仄かな色気を漂わせて観客の心を見事に物語の中へと招き入れて行くオゾン監督の演出はお見事だ。
流石は、映画の本場のフランスだ、こう言う面白い作品が出て来るのだよね。
それはまるで、主人公のルキーニ演じる国語教師のジェルマンが次第にクロード・ガルシア少年の才気溢れる小説の世界へとのめり込み、翻弄されて、現実と虚構の狭間で完全に溺れて行く様に似ている。
この映画を観ていると、何処となく、ヴィスコンティ監督の「ベニスに死す」を想い起こしてしまう。
クロード役のエルンスト・ウンハウワーと言う新人俳優はこの作品でリュミエール男優新人賞を獲得したと言うが、今後が楽しみな俳優だね。そう言えば、何処か彼はビィヨン・アンドレセンの様な妖しい色気も漂っていた気もする。
クロードが書いた作文の読み上げセリフが軸になって映画が展開していくので、基本セリフが多い為に、沢山出る字幕を読むのが苦手な人、例えばウディ・アレン監督作品のようにセリフの多い作品が苦手なタイプの映画ファンには向いていないかも知れないが、このオゾン監督は、フランスのウディ・アレンと言うところかな?
私はアレン監督も同様好きなので、最高に楽しめる映画でした。
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