ワレサ 連帯の男 : 映画評論・批評
2014年4月1日更新
2014年4月5日より岩波ホールほかにてロードショー
ポーランド民主化を牽引した伝説的人物の実像を素描
アンジェイ・ワイダは、20世紀におけるポーランドという国家の命運を描くという責務を担った<国民的な映画監督>といえるだろう。かつてソ連邦を軸にした東欧の共産主義国家が倒壊するきっかけともなったポーランドの独立自主管理労組「連帯」をテーマに、「鉄の男」(81)を撮っているのは周知の通り。この映画は、その「連帯」の苛烈な闘いを牽引した初代委員長レフ・ワレサを描いたワイダのライフワークともいうべき大作だ。
映画は80年初頭、ワレサの自宅でイタリアの女流ジャーナリスト、オリアナ・ファラチがインタビューを行い、一介の電気工にすぎなかった男が労働者たちのトップリーダーに君臨するまでの軌跡が畳みかけるように挿入されるスタイルをとっている。
1970年に北部の港町グダンスクで起きた食糧不足による暴動を政府が武力鎮圧した12月事件で検挙され、公安局に協力する誓約書を書かされた屈辱的な記憶、非合法活動による度重なる逮捕、ストライキ、そして不屈の抵抗精神の芽生え。ワレサをめぐる数々の伝説的なエピソードが、当時のニュース映像とフィクションによる再現映像を自在にシャッフルさせつつ点描される。モノクロの記録映像かと思われたカットが次の瞬間、鮮烈なカラーのフィクションの場面に変貌するショットが散見されるが、そこには、虚実の境界をあえて曖昧にすることで、見る者にポーランドの現代史をリアルに体感させようとするワイダの強い意志が感じとれる。
フェリーニやホメイニを激怒させ、傑作インタビューをものしたことで知られるファラチは、ワレサにも、「知識人をどう思うか」「一躍、有名人になって奥さんはどう思ってる?」といった挑発的な質問を次々に浴びせかける。その結果、インテリを痛烈に批判する饒舌で傲岸不遜な人物であり、妻に頭が上がらない子煩悩なよき家庭人でもある、さまざまな矛盾をかかえた人物像が浮かび上がってくる。後にノーベル平和賞を受賞し、ベルリンの壁崩後には大統領に就任するワレサを、ワイダはヒロイックに礼讃もせず、さりとて辛辣に否定もせずに、最もかけがえのない同時代人として素描しているのだ。
(高崎俊夫)