「夢と呪いとそれを紡ぐ「作り手」」風立ちぬ yukiさんの映画レビュー(感想・評価)
夢と呪いとそれを紡ぐ「作り手」
何を描きたかったかと思うか、と聞かれたらやはり僕は「作り手の夢と呪い」ではないかと答える。
イタリアの飛行機設計者カプローニは夢の中で「飛行機は美しくも呪われた夢だ」と言った。この言葉は飛行機に限らず全ての作り手にあてた言葉だ。
描かれていたのはファンタジーではなく、物の作り手のリアルな姿だった。夜遅くに病の床に就く菜穂子の横で手を握りながらも仕事を優先して図面を描き、挙げ句の果てには彼女の病を心配しつつもその病人の横で煙草を吸う。彼こそがエゴを突き通すリアルな作り手の姿である。
彼女を心配してたばこをやめるようなファンタジーを描かなかったのが、今回の宮崎駿という作り手だ。タバコを吸う弱さ、情けなさにあふれるシーンをとうとう宮崎駿は描いた。かつてのファンタジーは無い。
堀越二郎は作品中誰よりも戦争に近い場所にいたにもかかわらず、誰よりも遠い場所で誰よりも戦争を感じていた。
作り手は常に客観的に、時には冷酷でなければならない。
この矛盾に似たものを作り手としての宮崎駿も持つ。宮崎駿は戦争が大嫌いだが戦闘機が大好きだ。
だからこそ宮崎駿はこの作品を、堀越二郎を、客観的に描いている。それが先のシーンのタバコであり、宣伝で使われる「かつて、日本で戦争があった。」という他人事のような一文だろう。
今作はエンターテイメントとしての完成度を最優先にせず、消費者の手にあらゆる要素を依存させる形でエゴイスティックに伝える事を宮崎駿は初めて選んだ。だから悪評も多い。
堀越二郎の声をエヴァの監督庵野秀明が担当している。共通するのは「夢を作る、形にする仕事」という事であり、同時に「呪われた物を作る」仕事に就いているという事である。片方は飛行機という夢を形にする事で殺戮の道具を生み出したし、もう片方は人の夢となる物語を描いた事で庵野が後に否定する「信者」という怪物を作りだした。
こういった背景含めて作品を振り返ると、やはり庵野秀明の起用に関して僕は大成功だと自信を持って言える。庵野は最初から演技する事を放棄して作り手というタグを二郎と共有することで、一人の人間として堀越二郎をスクリーン上に生かしていた。フィクションとしての要素が加えられているとは言え、実在の人物をモデルにした今作ではそれこそが大正解だったと言える。
庵野起用による成功を確信したのは発話の生々しさを感じた時だ。虚構の中の人間が、現実との狭間を越えて僕の前に一人の人間としてすっくと表れるのを本当に人生で初めて体験した。
特にラストシーンの二郎から菜穂子に向けた「ありがとう…」という最後の台詞の発話の素晴らしさは絶対に聞くべきだ。
堀越二郎は庵野秀明であり、そして堀越二郎は宮崎駿だ。
では作り手の宮崎駿にかかる呪いはなにか。
それは配役を含めてこの作品を取り巻く現在の状況だ。やはり作り手が作品を他者の中に旅立たせたら逆風は必ず吹く。
作り手の紡ぐ夢は呪いと表裏一体。
誰かを傷つけたり、不快にさせる可能性を必ず孕んでいる。
その上でどうするかが重要だ。
恐れて夢を紡ぐのをやめるか、覚悟して夢を紡ぐか。
宮崎駿の答えは「風立ちぬ いざ生きめやも」と、そしてラストシーンで菜穂子がボロボロになった二郎にかける「あなた…生きて…生きて!」という言葉だろう。
少なくとも実際の堀越二郎は作り手として生き続け、その後戦後初の国産旅客機を作った。
全員が10点出す映画より半分が20点、もう半分が0点を出す映画の方が絶対傑作であり、風立ちぬはまさしくこれだ。
恐らく物を他者の中に解き放ち、多数の他者が織りなす世間の中で自身が評価されたりけなされたことがある人の多くが好評価をつけている。
庵野秀明は「72歳を過ぎてよくこんな作品が作れたな、と感動した。宮崎駿が地に足のついた少し大人に近づいた映画を作った。」と評価した。
今作はリーマンショック後にファンタジーを書きにくいと悩み、得意技のファンタジーを捨てて作った宮崎駿の遺言だ(鈴木プロデューサーの発言より)。
この遺言は今まで子供向けに書いてきた宮崎駿作品の中でどれよりも難解であるが、プロデューサー室の女性曰く「子供はわからなくてもわからないものに出会うことが必要で、そのうちにわかるようになるんだ」との事だ。
僕はこの作品を見たいつか大人になったときの子供の感想とあとは海外の感想が気になっている。
とりあえず72歳のおじいちゃんからこうして言われると結構納得させられたり考えさせられて、「世界の」という言葉が頭に付くおじいちゃんはかなり凄いな、と今更ながら感心&感動させられた作品だった。
最後に。
九試単戦のテスト飛行の成功という開発者としての堀越二郎の人生最高の瞬間の筈なのだが彼はそんな事よりただただ妻を感じている、というシーンとそれに続くラストシーン。
これこそが原点で頂点だ。