「残虐と冷酷」凶悪 琥珀さんの映画レビュー(感想・評価)
残虐と冷酷
冷静に考えると、残虐と冷酷は別なはずです。
この映画の描写に沿って説明すると、
・残虐…暴力や遺体への〝処置〟など一般的な人にとっては胸糞の悪くなる行為が平気でできる。
・冷酷…他人の苦痛(精神的、肉体的を問わず)について自分のこととしての想像力を働かせることなく、
見過ごすことができる。割り切ることが簡単にできない普通の人は、見過ごしたことに罪悪感を覚える。
ということになると思います。たぶん。
残虐性は、一種サイコの世界で相当程度は病理的な疾患(戦争中に残虐になるのも一種の精神疾患)なのだと思いますが、一方の冷酷さは、たぶん誰もが平時でも持ち合わせている人間性のひとつの要素です。
(普段自分に協力的でない同僚とか友達が上司や先生に叱られているのを見た時、ザマーミロ!と思って放っておくというような事象も冷酷さの一種の表れといっていいと思います。)
我々の社会は残念ながら、冷酷な犯罪(殺人に比べれば軽く見えてしまうような振込詐欺だって、ただの詐欺に留まらず、高齢被害者のその後の生活への精神的、経済的ダメージを想像できたら、その冷酷さが分かるはず)をゼロにはできません。被害者のことや手口の卑劣さを考えたら、もっと重罪にして欲しい、と思うことはあっても、犯人を殺してしまえ、とまで思う人は少ないと思います。
でも、残虐で猟奇的なバラバラ殺人などの犯人に対しては死刑を求める人が決して少なくないと思います。
冷酷な犯罪に関しては、誰もが状況次第で一歩間違えば自分が加害者になることもありうると理解しているし、ある程度軽重の判断や法的・制度的なことでコントロールできるという前提もある。
しかしながら、残虐性に関しては、社会という群れを維持する我々にとって、社会の平安を保つうえで絶対的に受け入れがたい要素であり、生理的に拒否反応が起きるようにできているのだと思います。
ラストシーンにおぞましさを感じるのは、本能的なレベルの欲求(群れから排除したい相手への殺意)について、お前は正義感的なモノサシで誤魔化してるんじゃないのか?と自分が言われているように感じたからかもしれません。
今晩は。
”ジャーナリスト藤井”ではないですが、今日も一日疲れました・・・・。すいません・・。
本題に移ります。
私は今作を劇場で観た際には、余りの衝撃に暫く座席に座りこんでいました。(今でもハッキリ覚えています。)
そして、この後、
”日本で一番悪い奴ら:狂気の綾野剛、妖しい色気の女性警官”瀧内公美”。この作品でこの稀有な女優さんを知りました。
”彼女がその名を知らない鳥たち:うわわ・・の蒼井優さん、優しくないじゃん!”
満を持しての”孤老の血:傑作:更に更にうわわわ・・・の人達、と妖しく美しい阿部純子さん・・”
”止められるか、俺たちを:哀しき門脇麦さん・・”
”凪待ち:良いです”
”麻雀放浪記2020”、”サニー32” ここら辺は・・・
と、長くなりましたが、白石監督の近年の快進撃は凄いです。私、白石監督の近年の作品だけで、400字詰め原稿用紙、30枚は書けます。(というか、作品作製ペースが速すぎる気がする・・)
大変長くなり申し訳ありませんが、近年の邦画監督の中では私的に”ダントツNo1監督”なので・・。
とにかく、自らの一般的な価値観、善悪感を根底からひっくり返される監督です。
では、又。
コメントありがとうございます!
残虐性も洗脳されたり、戦争という極限状態だったら、人間の心の奥底にあるものが湧き出てきてしまうのかもしれませんね。まぁ、そういう状況にならない限りは普通人には持ち合わせてないのでしょうけど・・・。
いまの為政者たちには冷酷さが見え隠れすると思いますが、弱者切り捨てだけは止めていただきたいものです・・・