劇場公開日 2014年6月7日

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捨てがたき人々 : インタビュー

2014年6月5日更新
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大森南朋、朋友・榊英雄監督とともに思いの丈を注ぎ込んだ真剣勝負

物静かなたたずまいから圧倒的な熱量を放つ――大森南朋に対して抱いていたイメージだ。だが、周囲の期待をいい意味で裏切り、覆し続けるのが俳優としての妙味。それが存分に発揮されたのが「捨てがたき人々」といえる。20年来の朋友・榊英雄に請われ、本能のままに生きる自堕落な男を硬軟織り交ぜ演じきった。今や日本映画界に欠かせない存在が見せた新境地に迫った。(取材・文・写真/鈴木元)

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大森と榊の出会いは、共に20代半ばだった頃の映画での共演。年齢が近いこともあってすぐに意気投合し、東京・下北沢などで杯を傾けて親交を深め、今では家族ぐるみの付き合いだという。それだけに榊がジョージ秋山氏の原作に“秒殺”された「捨てがたき人々」のオファーにはすぐに呼応した。

「いつかはという話はしていたので、それがついに実現するのがこの作品なんだろうと。今までの榊英雄監督の映画のテイストとはだいぶ違う世界観で、それを大森でやりたいという心意気はすごく伝わってきたので。僕も榊さんとやるなら、ガチンコでやらないとやばいというか面白くないと思っていたので、まさしくこの作品でした」

狸穴勇介は生きることをあきらめ、故郷である離島の港町に戻ってくる。周りには異端視されるが、ただ1人笑顔で接した顔にアザのある岡辺京子(三輪ひとみ)に興味を抱き、強引に関係を持ってしまう。性はもちろんのこと、あらゆる欲を制御できない男で、大森自身「最低、最悪ですよ」と評する。だが、そこに興味を抱かずにはいられないのが役者である。

「欲望のままに突っ走っているというか、確かにどうしようもないですけれど。今までやってきた役の中でも、振り切った変態みたいなものだと何でもいいというところはありましたけれど、生きるのに飽きちゃったと言っている“あきらめ感”というか“冷め感”は分からなくもないんです。結局、飽きちゃった割には全力で生きているじゃないですか。俳優として、この役は面白い。実際に演じてみたらけっこうつらかったですが、やりがいはすごくある役でした」

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女性を見れば自然に視線は胸元や股間に向き、スカートの中をのぞこうと思えば人目も気にせず見える角度にまで首を傾ける。それでいて、欲望を満たそうと思ったら鬼気迫るものさえ感じさせる、まさに野獣だ。堕落っぷりを出すため、Tシャツの上からも腹が出ていることが分かるくらい5~6キロの増量をして臨んだが、監督としては初の対じとなる榊とは事前の打ち合わせなどはなかったという。

「僕のやることと監督のイメージが近いところにあったので、ああしよう、こうしようという話は現場で。1シーン1シーンを構築していって、少しずつ人物を浮き上がらせていく。僕は割とそういうスタイルで演じていまして、動きの指示はあるけれど、芝居に関してはあまりなかったです」

長年培った信頼関係による、あうんの呼吸。加えて、撮影は榊の故郷である長崎・五島でのオールロケ。約20日間“幽閉”されることになったが、これが好影響をもたらしたと述懐する。

「この作品において五島で撮影した意味は、あの場所じゃなかったらちょっと無理だったんじゃないかと思うくらい。精神状態的にも大変な役でつらかったですが、向こうで集中してやれたことでだいぶなじめたというか、映画の世界にちゃんといられたという作用はあったと思います」

身ごもった京子が産むと強弁し、勇介も父親になることを決意するシーンは特に鮮烈。勇介はそれから10年にわたり己の業の深さに悩み続けるが、その姿には男の弱さ、もろさが集約されている。

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「10年後は、五島弁を使うといった具体的なやり方も変えましたけれど、子どもが生まれたことによって少し丸くなる、もうちょっと生きていくしかないというふうに受け入れたという意識は持ってやっていました。でも、男は弱いですね。女性の方が子どもを産んでからどんどん強くなっていきますから。そのあたりは監督が本当に狙っていたと思うので、すごいですよ」

それだけ充実した撮影だったにも関わらず、クランクアップ後は「すぐに東京に帰りたかった。ハハハハハ。この非現実から早く逃げ出したい、みたいな」と苦笑いで振り返る。その後すぐに、“中年太りつながり”という兄・大森立嗣監督の「さよなら渓谷」に入ったが、完成までは常に気がかりだったようだ。

「五島にいた期間にやれることはやったというのもありましたし、監督もすごく頑張っていて、出してくれているなというのは伝わってきた。編集が終わるまでに時間がかかって、ある日、完成して試写があるというので、行きながら、つまらない映画になっていたら監督を殴っちゃおうかなと思っていたんです(笑)。あんなに大変だったから。でも、すごく完成度の高い映画になっていて、削られたシーンもたくさんありましたけれど、多分監督が頭を悩ませて生み出したものだから、よくここまで絞り込んだな、と。本当に面白くて感動しました」

「やったね」と声をかけられた榊は、安どするようにうれしそうな表情を浮かべていたそうで、お互いに手応えを感じた様子。それほどまでに大森は人間のあらゆる欲望をさらけ出し、榊がその激情をしっかりと受け止め、人間が生きていくことの難しさ、それでも生きていかなければならない宿命を観客に突きつける。

「映画の世界であればこういう作品があってもいいと思うので、本当に関われて良かったと監督に感謝です。お客さんにはズシンとくるし、テレビに出ている僕のイメージとは全然違うので、見た人がどういうふうに思うのか。変な気持ちになってほしいです(笑)」

思いの丈を注ぎ込んだ2人の真剣勝負。1本で終わるのは惜しいが、「お互いにバシバシやったので、すぐにってわけにはいかないと思いますが、全く違ったものでやれたら面白いでしょうね。コメディとか」と意欲は十分。さらなる発展形を心待ちにしたい。

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