「この物語は中島京子さんの原作本で浸るべき!」小さいおうち KENZO一級建築士事務所さんの映画レビュー(感想・評価)
この物語は中島京子さんの原作本で浸るべき!
数年前にやはりTV放映で観た記憶が
あったが、妻の不倫のこと以外は
あまり印象に残っていなかった。
改めての鑑賞で、
戦争+不倫のパッケージ物としては、
例えば「イングリッシュ・ペイシェント」や
「ことの終わり」を思い出すが、
それらに比べてこの作品は
時間的に少し間口を拡げ過ぎて
平板になってしまったのではないか。
現代にまで話を拡げた結果、
長い上映時間にも係わらず
肝心の主要3名の情念の表現が希薄に終わった
印象を受ける。
時子の不倫もタキの想いも、
戦時下であったり格差社会の中では
それこそ命懸けだったはずである。
残念ながらその必死さへの演出が
映像からは感じ取れなかった。
ある意味、戦争中における市井の人々の
「あちこちのすずさん」的なエピソードの
ひとつの披露に感じられ、登場人物の思索に
肉薄出来ていなかった気がする。
西欧人に比べて何かと奥ゆかしく振る舞う
日本人の恋愛だからとか、
また戦時下だからとの時代背景を
割り引いても、映像作品としては
登場人物の感情表現不足と感じてしまう。
タキが時子を止めるシーン、
表面的にはあたかも世間体を気にしての
振る舞いの如くの演出で、
本来のタキや時子の想いを
表現しきれていないように思った。
原作でどう表現されているのかは不明だが、
タキが結婚しなかったのが
時子への罪滅ぼしだとしても、
板倉や時子への情念を曖昧にしたままに
終わらせてしまった印象を受ける。
山田洋次監督は「寅さんシリーズ」
「たそがれ清兵衛」「息子」等で
私の大好きな監督の一人だが、
ここ10年は流石に年齢と共にその演出力が
衰えていると感じているのだが。
2022年7月21日追記
中島京子さんの原作を読んで
全ての謎が解けました。
この物語はタキと板倉による時子争奪戦。
映画ではすぐにタキが
時子と板倉の最後の逢瀬を阻止したかの
ように描かれるが、
原作ではタキの独白的表現なので、
板倉の下宿ではなく「小さなおうち」で
逢えたように表現される。
そして、時子の子供とのラストシーンで
初めてタキが二人を逢わせなかった真実が
ドラマチックに明らかにされる。
原作では、何故、タキが時子に恋したのか、
憧れたのかが充分に記述される。
結果、生涯独身を貫いたのかも良く解る。
更には、夫が性的に求めないために
時子が板倉に走った訳も。
長尺に語れる原作では
全てが良く描写されており、
この映画はそのダイジェスト版の域を
出れないで終わったイメージだ。
また、男も女も憧れる時子役は、
松たか子でも他の女優でも難しかったのでは
ないだろうか。
なにせ、二人の男女を
生涯独身で通す決断をさせるほどの
魅力を持った女性だったので。
この物語は、
直木賞受賞作の原作で浸るべき作品
と思った。