日本の悲劇のレビュー・感想・評価
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生き様と死に様。
冒頭、父親と息子のやりとり。あ~そうか、この父親は
もう間もなく自分が死ぬことを悟っているのだけれど、
二人暮らしの息子に何を遺すべきかを考えているのか…
次の瞬間、妻の遺骨と共に部屋を封鎖し、そこでミイラに
なって死ぬから、お前は俺の年金で仕事が決まるまで
生活してってくれ…なんてことを言う。
エ?ナニ?息子は驚いて父親に怒鳴りかける。扉を叩く。
こじ開けて入ろうものなら、ノミで首を刺して死ぬぞ!と
父親に脅され、息子はヘナヘナとその場にへたり込む。
まるで舞台劇のような演出と、モノクロの画面が凍寒い。
部屋に籠った父親は、在りし日々を次々と回想する。
妻はちょうど一年前に他界、その妻が倒れた日には震災、
息子が離婚して出戻り、自身は肺がんに倒れる、という…
途轍もない悲劇がこの家を襲っていたことが分かる。
息子の結婚、孫の誕生と幸せな光景が最後に回想されるが、
そこだけカラーで再生される。一番幸せな時代だったのだ。
これはどこの家にも起こり得る話である。
タイトルにあるように今の日本は大いなる悲劇を抱えている。
子供達が結婚しなくなった(高齢化した)のもあるだろうが、
定職に就かず家に居座るケースが増えた。親の年金をアテに
生活を続け、親が亡くなった後もその年金を受け取り続けた
「年金不正受給問題」を題材に描いているのは必至だが、無縁
社会ともいえる親族や近所との隔たり、孤独死に追い打ちを
かけるように誰も気付かない恐ろしさが、さらに描かれていく。
父親が部屋に籠って以降も息子は説得し続けるが、部屋まで
ぶち破ることはしない。おそらくどこかでなにを言ってもムダ、
仕方ない、という想いが働いている。いるなら説教したはずの
嫁も子供もあの震災で行方不明。誰も訪ねて来ない一軒家。
最近、あのお爺さん見ないわね…。エ!?いつ亡くなったの?
なんていう会話は私の近辺でもよくあることである。
どうしてこうなっちゃったの?とは誰もが思う。
リストラも震災も離婚も予想だにしなかったことなのだから。
だけどどうなんだろう、親の死期に於いては予測はつくのだ。
辛いだろうけど子供に顔を見せて逝くことはできなかったのか。
どんなにいがみ合っても憎み合っても親子は親子なのだから、
うつ病だろうが無職だろうが、人間の死に様を見せてやるのが
親の務めではないのだろうか。この父親の優しさは違うと思う。
そもそも息子が、
生活できないほど困窮しているとは思えない。毎晩焼酎を飲み、
弁当を買う金があるじゃないか。バイトだってしてるじゃないか。
「社員」になれず頑張っているお父さんは今ゴマンといるんだぞ。
ものすごく辛いことがあったのは認めるけど、
なんで息子に立ち向かわせようとせず、父親は自死を選ぶのか。
そうじゃないだろー、と叫びたくなった。
ラストを見て、ゾッとするか、やはりそうか、と思うかで
今作の意図と自身の人生観が分かると思う。どう生きるべきか。
とにかく身近な問題に背筋が凍り、金銭と人生に有難みを感じ、
これから日本はどうなっていくんだろう、と考えさせられる作品。
(仲代達矢、北村一輝、の演技合戦が凄い。まさに渾身の一作)
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