「牢獄という人生の舞台」塀の中のジュリアス・シーザー Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
牢獄という人生の舞台
舞台では、シェイクスピアの史劇『ジュリアス・シーザー』のクライマックスシーンが演じられている。幕が降りると、スタンティング・オベーションの中で役者たちは歓喜の表情を浮かべ、観客は満足げに劇場を後にする。だが何かが違う、何故こんなにも警備員が多いのだろう?何故こんな頑丈な扉がついているのだろう?そう、ここは一般の劇場ではなく、本物の刑務所内にある劇場なのだ。そして演じた役者たちはこの刑務所に服役中の重犯罪者たちだったのだ。
これは、ベルリン映画祭のグランプリを獲得したタヴィアーニ兄弟の新作の冒頭シーンだ。ローマ郊外のレビッビア刑務所で実際に行われている演劇実習を捉えた本作は、真剣に取り組む囚人たちの熱演によって単なるドキュメンタリーではなく、虚実織り交ぜた迫力ある物語に変貌していくのだ。
定期的に行われている演劇実習、今年の演目は『ジュリアス・シーザー』だ。早速キャストのオーディションが始まる。ここに登場する囚人たちは懲役10年以上の重犯罪者だ。終身刑の者も幾人もいる。だがひとまず稽古が始まると、過去の経験から感情を喚起させ、怒り、哀しみ、悩み、真剣に役に取り組む。
各自の監房や廊下、中庭、図書室など様々な場所で稽古をする囚人たち。稽古が進むにつれ、刑務所はいつしか本物のローマ帝国となり、Tシャツとジーパンの男たちは、それぞれシーザーに、ブルータスに、キャシアスにと変貌して行く。
硬質なモノクロ映像と音楽がドラマティックだ。特に引きで捉えた刑務所の外観が、音楽の効果もあって、不穏な陰謀を前に震えるローマそのものに観え、思わず息を呑む。
迫力の戦闘シーンでは、役者たちの怒りが爆発し、もの哀しい自決シーンは、役者たちの無念さが滲み出る。そのエネルギッシュな“魂”に魅了されてしまう。
しかし・・・華やかな舞台は幕を閉じ、役者は囚人としての“日常”へと戻っていく・・・。それまでの活き活きした姿とは別人のように、項垂れて監房へと帰って行くのだ。ラストシーンで1人の囚人(終身刑)は言う「演技を知って、監房は牢獄に変わった」と・・・。それまで悪の道に手を染めていた彼らが、演じるということで得た知的好奇心や表現する喜び。それはきっとそれまでの人生では感じたことのない感動だったのだろう。しかし、刑務所に入られなければこの喜びを知ることもなかったであろうと思うと、言い知れぬ感慨を覚え、胸が熱くなる。