「苦難の道ははじまりのみちへ繋がる」はじまりのみち 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
苦難の道ははじまりのみちへ繋がる
「クレヨンしんちゃん」の映画で名作の誉れ高い「オトナ帝国」と「戦国大合戦」。
個人的にこれまで見たアニメ映画でベストの大傑作「河童のクゥと夏休み」。
これらを手掛けたのが、原恵一。現日本アニメーションを代表する一人。
そんな原恵一初の実写映画となった本作。
その題材は、原が敬愛してやまない木下恵介。「カルメン故郷に帰る」「二十四の瞳」「喜びも悲しみも幾歳月」などなど日本映画史に残る名作で知られる名匠中の名匠。
僕は木下作品も原恵一の作品もどちらも大好きなので、これは見逃せない一本だった。(公開規模が少なかったので見たくても見れなかったが、レンタルリリースでようやく鑑賞)
1944年、戦意高揚映画として作られた「陸軍」だったが、ラストシーンが当局に睨まれ、次回作の製作が中止。納得いかない木下は松竹を去る。実家に戻った木下は疎開先まで病弱な母をリヤカーに乗せて峠超えをする…。
ただの伝記映画ではなく、知られざる若き日のエピソードを題材にしたのがいい。
作りたい映画が作れない=峠超えの苦難の道とリンク。
その道中での体験がまた映画界に戻る“はじまりのみち”となる。
原恵一の演出は非常にシンプルで丁寧で好感。
木下恵介への溢れんばかりのオマージュが熱い。
便利屋とカレーライス、小学校の先生と生徒たち…後の木下作品を彷彿させるシーンにニヤリ。
題材の一つである「陸軍」のラストシーンをそのまま引用したり、映画のラストでは木下作品の名作の数々を紹介したりと、木下恵介を知る世代にはまた感動を滲ませ、知らない世代には興味を抱かせる親切な作り。
まるで原が、自分の作品より木下作品を見てほしいと言ってるような気がした。
加瀬亮、田中裕子、ユースケ・サンタマリア、濱田岳ら個性派&実力派。
木下恵介に扮した加瀬亮の素朴な佇まいが素晴らしい。
脳卒中で倒れた母を演じた田中裕子は台詞がほとんど無いのにも関わらず、母の愛情を体現。
特筆すべきは、名も無き便利屋役の濱田岳。一見お調子者だが、コミカルな性格が作品に唯一のユーモアを与えてくれる。また、木下に再び映画作りの情熱を思い出させてくれる美味しい役所。
親子の愛情、人と人の交流、映画への情熱、木下作品へのオマージュ、反戦の訴えなど、旨みのある要素を詰め込み、これで90分強!
映像も美しく、温かい感動も味わえる。
原恵一、見事!
是非多くの人に見て貰いたい秀作。