「親子の情を描くこと。」はじまりのみち ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
親子の情を描くこと。
まさにタイトルに相応しい内容が名監督への敬愛に満ちている。
「親子の情を描くことが何故いけないんです?」と、食ってかかる
加瀬亮演じる木下惠介が、そのまま今作の原恵一の感性と繋がる。
親子愛、とりわけ息子が母親に注ぐ思慕の情と、母親が息子に注ぐ
究極の愛は、自分の母と兄の関係に観てとれるし、私が息子を
想う気持ちにも重なる。嫁と姑の諍いが絶えないのも納得至極だ。
そして時代が映画という媒体を使い、広く訴えたのが戦争である。
日本だけではない、海外のあらゆるフィルムが検閲に晒され、
多くは焼却されたり、フィルムをカットされるという扱いを受けた。
所詮こういった娯楽は、何もかもが時代に左右され翻弄される。
だけど「ここで腐るなよ!木下君!」も本当。(さすが松竹・城戸四郎)
いつか必ず自由に描ける時がくる。その時こそ、自分の映画を。
結果、木下惠介は多くの名作を次々と世に出す監督へと成長する。
特に彼の作品を熱心に観たわけではないが、作中で紹介される
木下作品はほとんど観た(もちろんビデオでになるけど)
カレーライスのエピソードは、あのシーンに繋がったのか(涙)
便利屋と破れ太鼓の阪妻の姿がピタリと重なり、涙がこぼれた。
二十四の瞳も然り、陸軍然り、楢山節考然り、数々の名シーンが、
今作で描かれるエピソードと重なり、エンドでは感動の涙が溢れる。
よく繋げた。よく演出したね。と、原監督に拍手を贈りたい。
さて、本作の内容は
次回作に待ったをかけられ腐った木下青年が、実家浜松に戻り、
脳溢血で倒れた母親を看病しつつ、兄と便利屋の三人リヤカーで
山越えをして、母親を勝坂まで疎開させる、という物語。
戦中から戦後にかけて、木下が家族とともに経験した出来事総てが
彼の原点(戦前もいい作品を撮ってますが)になっていることを示す。
一緒に旅をする便利屋(濱田岳)が、とりわけいい味を醸しており、
言葉少ない兄弟(兄はユースケ)の雑談相手にもなっているのだが、
河原にて、橇の合わない木下に「陸軍っていう映画知ってるかい?」
と感想を訥々と語るシーンが素晴らしい。延々とノーカットで
陸軍のラストが流されるのだが、母親の田中絹代の追いかけ場面が
息子を戦地へ送る母親として女々しすぎるという、曰くつきのシーン。
ここで冒頭の「親子の情を描くことが何故いけないんです?」を思う。
どの母親も旗を振り万歳三唱をしながら、心の中で泣いているのを
木下が彼女の表情動作ひとつで、恐々と訴え続けるのが凄まじい。
口八丁手八丁で俗世に塗れながら生きてきた便利屋のような男が、
ああいう映画をもっかい観たいなぁ。という言葉に無言で男泣きを
する木下は、やっぱり間違ってない、とここで自信を回復したはず。
映画監督の性というか、どんなシーンも映像化して考える
(ファインダーを覗く)仕草が、やはり手放せない才能を感じさせる。
のちに疎開先で母親から手渡される手紙によって、彼は東京へ戻り
監督業を再開するのだが、そこまで息子の決めたことにはただ頷き、
批判も不満も口にせず(病のせいもあるが)、じっと見守る母の姿勢に
またしても私は感銘を受けた。あ~こういう母親になれたら!(涙)
どうして人格者たる人物の親というのは、こうやって物静かなんだ。
あれこれ口出しをせず、ここぞ!というところでだけ、意見を云う。
この一家は総じて寡黙な家系^^;にも思えるが、まぁそうだとしても、
父といい、兄といい、終始穏やかに語りかける姿勢はとても素敵だ。
木下映画の名作は数々あるが、
私的にいちばん深く心に残っているのが「喜びも悲しみも幾歳月」で、
まだ結婚の真髄をなんにも分かっていなかった自分に、
夫婦って、家族って、こんな風に支え合っていくものなんだ!を、
教えてくれた教科書のような存在。
これを観て、何事にも耐えるぞと、深く心に決めたはずなのに…(爆)
自分の母親の実家が今作で描かれた土地に近く、方言が耳慣れて
とても懐かしく感じられた。母親を誘えば良かった、と後で思った。
(カレーライスは当時から御馳走だったのね。どこのカレー粉だろう)