「人の絆の強さが感動的で、見ごたえのあるヒューマン・ミステリー」真夏の方程式 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
人の絆の強さが感動的で、見ごたえのあるヒューマン・ミステリー
レビューを書くためにまた見てきました。まだ上映しているというのは、凄いロングヒットですね。東野圭吾原作作品としてもひときわ胸に迫るものがあったので、レビューで紹介したいと思っていました。主人公が科学者だけにトリックを科学的に見破る過程にスポットを置きがち。けれども本作は、理科を嫌う少年と主人公の交情、そして容疑をかけられた家族が抱えてきた秘密を解くなかで明かされる絆の強さが感動的で、見ごたえのあるヒューマン・ミステリーとなったのです。
子供が近づいただけで、アレルギーが出るほど子供が嫌いな主人公の湯川であったのです。けれども科が苦手な小学生恭平との出会ってからは湯川の科学者としてのプライドが顔をもたげ、こいつに科学の面白さを伝えたいと、仕事を投げ出して恭平を実験に誘うのでした。
湯川によれば科学とは「真理へ続く道」であり地図となるものだと恭平に言い聞かせるのです。「すべてを知ったうえで自分の進むべき道を決めるために」役立つ知識だとも。「すべてを知ったうえ」という湯川のポリシーは、恭平に科学への探究心を植え付けたばかりばかりか、恭平の親類で湯川の滞在先となった旅館の経営者家族の哀しい過去と美しい海に絡む秘密を解き明かすキーワードなったのでした。
最大の見せ場となった、湯川と恭平が夏の海辺でペットボトル製ロケットの打ち上げに熱中するシーン。一番遠くに飛べるよう打ち上げ角度を調整して何度もロケット発射を繰り返す湯川。その度にうわぁぁぁと叫声をあげる恭平。少年がキラキラと目を輝かしながら実験に打ち込む姿に感動しました。まるで本当の親子のような湯川と恭平の姿に、ふと「砂の器」で父と子が諸国編行する姿が重なりました。
本来子供アレルギーな湯川にとって、恭平は単なるガキではなく、ひと夏をロケット飛ばしの実験に共に夢中になった「相棒」として接したのではないでしょうか。仕事をサボり、殺人事件の解決のための駆け引きも関係なく、真剣に遊んだ者同士に生じる友情。
この友情が絶妙な隠し味となって描かれることで、ラストで湯川が恭平を励ますシーンが、より印象的なものとなり、映画を味わい深いものにしたのです。
物語は、湯川が海底鉱山資源の開発計画に揺れる町・玻璃ヶ浦の十見人説明会にアドバイザーとして招かれるところから始まります。列車に揺られて玻璃ヶ浦に到着するシーンでは、故郷愛媛の懐かしい伊予鉄道高浜線と終着駅の高浜駅の風景を眺めることができました。
湯川が滞在した旅館「緑岩荘」では、来るときの列車内で出会った恭平と偶然再会するのです。恭平はおばの節子一家が経営するこの旅館で夏休みを過ごすのだといいます。
一方、一家の一人娘・成実は、玻璃ヶ浦の海を守る運動に参加していて、開発計画の絶対反対の立場でした。
湯川が宿泊した翌朝、同じ宿泊客で元刑事の塚原の遺体が岩場で発見される。一見転落死に見えたが、死因が一酸化炭素中毒死。一転して、殺人事件の可能性でてきて、捜査が進むなかで、旅館の一家の秘密が解き明かされていくという展開なのです。
もちろん一家の過去と過去に起こった事件には湯川は関わりようもありません。そのために事件と深く関与させる役割を、知らないうちに事件に関与させられていた恭平が担っていたのでした。
事件の真相はそう複雑ではありません。その分人間模様が深く描かれていて引きつけられます。ただ、殺人事件のトリックに少年が関わってしまうという設定は、なかなかないものではないでしょうか。
特に、成実の父の重治が自首したとき、取調室のマジックミラー越しに、家族の真実を聞かされる成実が泣き崩れるシーンに思わずもらい泣きしました。湯川いわく、「不自然なほど痛々しく、悲壮感さえ漂わせて」成美が海を守ろうとする理由にはもこの秘密と関わりがあったのです。
そんな秘密を表情に出さずにずっと耐え続けてきた重治を演じる前田さんはなんていい表情をするのだろうと感じました。もちろん泣き崩れる成美をリアルに演じた杏も素晴らしい演技です。
成美の泳ぐ海は、美しい海の明るい映像なのに、事件の鍵を握っている旅館一家の過去のシーンは薄暗く、背後に描かれる昔の事件は漆喰の闇のように対比されて描かれました。そんな物語の展開は、とても繊細で丁寧。さすがは龍馬伝の脚本を担当した福田靖の書き降ろした作品のだなと感じました。
それにしても、福山の役作りも凄いものです。9月公開の「そして父になる」では全然違うキャラクターに変身してしまうのですから。こちらも大変感動的な作品で、お勧めです。