「豊かさと幸せの物差し」シュガーマン 奇跡に愛された男 arakazuさんの映画レビュー(感想・評価)
豊かさと幸せの物差し
かつてこれ程数奇な運命を辿ったミュージシャンがいただろうか?
一枚のレコード(CD)がヒットするためには、音楽性の豊かさ、クオリティの高さだけでは十分とは言えない。
運とタイミングといった偶然に左右される要素まで味方につけなければならないし、時代にも愛されなければならない。
そう考えると、ひとりのミュージシャンあるいはひとつのバンドが世に出てスターになることこそ、奇跡なのかもしれない。
1970年代、あるプロデューサーに才能を見出されたロドリゲスが制作した一枚のアルバムがまったく売れなかったというのはありふれた話なのだ。
ロドリゲスの物語が非凡だったのは、そのアルバムがどういう経緯か海を渡り南アフリカで大ヒットを記録したということ。
アルバムのプロデューサーや本人さえまったく知らないところで。
当然、ロドリゲス本人に印税など入るはずもなく何も知らない彼は地元デトロイトで自動車工場や建築現場で働き生計を立てていた。
90年代に入り、二枚目のレコードがCD化されたことをきっかけに彼の消息が調査されることになるが、南アフリカではステージ上で拳銃自殺をしたという死亡説がまことしやかに伝えられ信じられていたのだ。
消息がつきとめられ南アフリカに凱旋したロドリゲスの第一声がいい。
「生きてたよ!」
インタビューを受ける彼は降って湧いたような成功を実に淡々と受け止めているよう見え、その姿は何やら仙人のようだ。
彼にとってはアルバムを作れたことが既に幸せで、そのアルバムがまったく売れなかったことは失敗でも挫折でもないのだろう、きっと。
幸せや豊かさの物差しが金やモノではない人の清々しい姿に深く心を動かされたし、
全編を彩る彼の楽曲もまた今も色褪せない素晴らしいものだった。