「大事な要素の半分以上が脱落してる」藁の楯 わらのたて 永賀だいす樹さんの映画レビュー(感想・評価)
大事な要素の半分以上が脱落してる
人殺しの依頼を新聞広告と専用サイトでやらかす。
しかも報酬10億円。
こんなことしたところで、たぶん日本人は反応しない。おもしろがって周辺に群がる人たちは大勢出てきても、自ら手を下す人はいないだろう。
注目が集まれば集まるほど、衆人環視での殺人ということになってしまうのだから。
お金で人殺しできる人間は少ない。そして、その数少ない人間は、自分の正体が白日の下にさらされるのは好まない。
というわけで、たぶん実質的な被害はほとんどないまま移送できちゃうに違いないストーリーを、観客を巻き込んで壮大なサスペンスに盛り上げようとしたのが本作。
映画のスタート地点がそこにあるので、なんだかんだと文句を言っても始まらない。クズの弾除けにSPが配置されて犯人移送が始まるのだ。
それが大前提なのだから、設定のリアリティを四の五の言ったところで意味がない。
みんなして馬鹿げているのをわかって鑑賞しているのだから。
つまり見所はSPの大沢たかおと松嶋菜々子の奮闘ぶり、クズを襲撃する人間たち&襲撃方法、そしてクズ役の藤原竜也のゲスっぷりだ。
その意味で本作は3分の1は成功した。
大沢たかおさんは、安定の実直熱血漢ぶり。この人はどんなに荒唐無稽な世界でも、自らのポジションを確保して映画に臨んでくるので安心できる。
松嶋菜々子も色気に頼らず気迫を出してがんばった。うん、よくがんばった。なんかたまに挙動が見栄え優先っぽかったけど。
しかし襲撃者と襲撃方法、そしてクズのゲスっぷりはどうも弱い。
プロモでは散々「日本全国民全員が敵」とかやっといて、実際はそこまでの襲撃には至っていない。
たかおSPが優秀すぎて危険を回避したというようにも見えるのだけど、「訓練を受けて武器を持った連中が危険だ」などと周囲の警官まで敵に回るかのように言うので、観客としては実際以上の危機感があおられてしまう。
ところが襲撃者も個人的な怨恨によらないため、どうしても唐突な登場になってしまう。
そうするとシーン移動のたびに襲撃だろうという気になってしまい、新キャラが出るたびに「コイツ、いつになったら襲うんだろ」的な見方に追いやられる。
たかおSPが必死こいて盛り上げたのに、実はそれが観客から緊張感を奪うというマジック。なんか切ない。
こういう"ダレ"があるからなのか、後半は移送チームも凡ミスを連発。
たかおSPのファインプレーでミッション継続は果たすのだけど、払った犠牲は小さくない。
確かに極度の緊張状態で疲弊してるのかもしれない。しかし直接そうした描写がないために間が抜けて見えてしまった。
そこで見せるクズのリアクションも不可解。
藤原竜也演じるクズの清丸も、カットでしかゲスっぷりを発揮しない。だからどうにも薄っぺら。
作品通しての下劣なキャラクターになりきれず、カットごとに不快感をあおる。
だからスクリーンに登場するシーンではむかついてくるのだけど、カメラが転じてしまうと何やってんだっけ?となってしまう。
また劇中「クズの移送に命張る意味あんのか」と何度も繰り返されるが、それは違う。
移送前のミーティングで上長がいっていたように、守っているのはクズではなく日本の法制度なのだから。
選抜されてやってきたプロが、そんなヤワな精神で現場に立つわけがない。東日本大震災で行方不明者の捜索にあたった自衛官や警官の存在を考えれば、ちょっと考えにくいほどモロい。
その辺をきっちり把握して役に挑んだのは伊武雅刀さんだ。
彼のクライマックスは「クズのために命を張れるのか」の先をいって、背負う男の苦味をセリフなしで伝えた。
ここは重要だからテストに出していい。
結局、クズを守る云々は観客が口にすべき問題であって、劇中で役者が、特に移送チームが言ったらダメなのだ。
肝心のクズが中途半端なのだから。なんともいえないモヤモヤが募るばかり。
「クズの犯罪者を殺したら10億円」がスタートしている以上、そこは揺らがないとしても、周辺の人間は確固たるキャラクターを持っているはず。
というか、そういうキャラクター性を成立させなかったら、この種の設定モノは成立しない。
そして本作は3分の2が脱落してしまった。
つまりそういう作品だ。
では評価。
キャスティング:6(あがっている名前は豪華。しかし役が生きていない)
ストーリー:5(原作読まずとも先読みしやすく、あまりメリハリを感じない/唐突過ぎてあっけにとられる)
映像・演出:7(なんか妙にアメリカナイズされたアクションが挿入、ちょっとダサいけど見れないほどじゃない)
熱血:8(たかおSPと松嶋SPの微妙なギャップの中で見せる護衛官魂は悪くない)
クズ:4(画面に出てると不快になるが、背景に消えると存在感が薄い)
というわけで総合評価は50点満点中30点。
思えば監督は三池崇史氏。そんな作品に仕上がっていたところで肩を落とすほうが間違い。
わかって観れば、そんなに腹が立たないと思う。
年イチ鑑賞の人なら、話題を外さないという点でみておくのはオススメ。