リアル 完全なる首長竜の日 : インタビュー
佐藤健、黒沢清監督との初タッグで放つファンへの挑戦状
俳優・佐藤健の勢いが止まらない。昨年公開された主演作「るろうに剣心」が興行収入30億円を突破したことは記憶に新しく、今冬には人気少女漫画を小泉徳宏監督が実写映画化する「カノジョは嘘を愛しすぎてる」に主演することも決定している。そして、もう1作。佐藤が「皆さん、困ればいいと思うんです。どう表現したらいいんだろう? 感想をどう伝えよう? と困ればいいと思うんです。それを見るのが楽しみでならない」とやんちゃ盛りの少年のように目を輝かせながら語るのが、昨年6月に八丈島などで撮影した鬼才・黒沢清監督の「リアル 完全なる首長竜の日」だ。(取材・文/編集部、写真/本城典子)
佐藤が演じる主人公の浩市は、1年前の自殺未遂でこん睡状態に陥った幼なじみの恋人・淳美(綾瀬はるか)を目覚めさせるため、脳神経外科医療の一種“センシング”を試みる。最愛の人の潜在意識下へ潜入し、再会を果たした浩市は「昔、私が描いた首長竜の絵を探してほしい」という依頼を受ける。現実と仮想の境界が崩れ、混乱していく展開について「大半が意識の中のシーンですから、言ってみれば夢の中の出来事と一緒で何が起こってもおかしくない。現実世界と違うだけに、芝居に正解がないんですよね。正解がなさすぎて、自由にできるということが武器として使えるシチュエーションもありますが、何を選択すればいいんだろうという迷いはありました」と振り返る。
オファーを受け、脚本を読んだ佐藤は「本当に素晴らしくて衝撃を受けました。『これはやばいですね!』とマネージャーに連絡したくらいですから」と興奮気味に話す。それでも、「ここまで脚本を読んだイメージと映画を見たときのイメージが違った作品は初めてでした。黒沢清監督の世界とは、こういうことなのか……と思いました」と驚きを隠さない。さらに、「脚本は本当にわかりやすく、読みやすいエンタテインメントだったんですよ。ただ、映画は一筋縄ではいかなくて、全然普通じゃなかったですね(笑)」と明かす。
正解のない演技をするうえで、佐藤が心がけたのは「無駄なことをしない」ということ。「お芝居って、どんどん付け足そうと思えばいくらでも付け足せるじゃないですか。でも、できるだけ無駄なくシンプルにやりたいと思ったんです」。そういう境地にいたったのは、衣装合わせの時にまでさかのぼる。「紫とグレーと緑がかった紺。この3色に統一したポロシャツとズボンの3ポーズでいきます! みたいな。その世界がすごく面白いなと感じたんです。アクセサリーはもちろんしないし、服そのものに無駄がない。それで、無駄なことをしたくないと思ったんです。そうしたら、結果的に“変”になりました」
黒沢監督は、今作でも“黒沢ワールド”をそこはかとなくちりばめ、宣伝担当がジャンル区分に苦労するほど壮大な世界観の物語を作り上げた。過去作で予習した佐藤は、「自分が演じるときは特に意識せずにやっていましたね。むしろ、全然違うことをしてやろう! という気概で演じていた」という。それでも“変”になったところは、黒沢監督の面目躍如たるところ。衣装ひとつひとつにも意味をもたせ、見る者に現実と仮想空間の垣根を否応なしに飛び越えさせることで、不安を伴う違和感を覚えるようになる。佐藤演じる浩市も、センシングを繰り返すうち、見覚えのない少年の幻覚を見るようになり、スクリーンから目をそらすことができなくなる。
ともに黒沢ワールドに対峙した綾瀬とは、CMでの共演経験はあるが、役者として本格的に対峙するのは初となった。撮影中に意識のすり合わせをしたのかと思いきや、「基本的には仲良くケンカばかりしていたので、まじめな話はしていません(笑)」と意外な答えが返ってきた。ケンカの理由については、「僕の言い方が悪かったみたいで(笑)。クランクインしてすぐだったんですが、綾瀬さんがある舞台を見たという話をされたんです。僕の中では衝撃的といえるほどの驚きで、すごくハイブロウな作品だったから嬉しくなって『あの良さがわかるんだ』みたいなニュアンスのことを言ってしまったんです(笑)」と説明。それでも、「子どものようなケンカをして、良いコミュニケーションになりましたね(笑)」と温かい眼差(まなざ)しで述懐した。
和気あいあいとした交流を重ねていくことで、ふたりは劇中での“共犯関係”を構築していく。正解のない演技に追い討ちをかけたのが、今までの黒沢作品にはない大がかりなCGによる描写だ。今作のタイトルにも明記され、鍵を握るキャラクターである首長竜がクライマックスに登場する。CG制作に使用したのは、「ロード・オブ・ザ・リング」や「アバター」と同じソフト。ポスプロ期間に約半年をかけ、ハリウッド大作に負けないクオリティの首長竜を作り上げた。
撮影では、シミュレーション用のプレビズ映像を制作し、スタッフやキャストに映像の完成イメージを伝えるところから始まった。人物部分の撮影は、ロケセットで部分的にグリーンバックを建てて行い、佐藤と綾瀬の演技を撮った後に、首長竜を合成するという流れで行われた。佐藤は、「(綾瀬と)ふたりで目線を合わさないといけないじゃないですか。ひとりだったら想像でやって、後で合わせてもらえばいいわけですが、ふたりのタイミングが合わなかったらどうしようもない。だから、ふたりで一生懸命に息を合わそうと頑張りました」と述懐。本編を見て完成度の高さに驚いたようで、「予想以上に大きかったですね。首の長さは予想通りだったのですが、胴体が大きくヌメッとしていましたね。3分間だけ『ジュラシック・パーク』になりますよね(笑)」と手ごたえを感じている様子だ。
また、佐藤と綾瀬を強力にバックアップするのが、中谷美紀、オダギリジョー、染谷将太、堀部圭亮、松重豊、小泉今日子という個性あふれる面々。中谷、オダギリ、松重、小泉は黒沢組の“先輩”にあたり、ラブストーリー、ファンタジー、サスペンス、ホラーとあらゆる要素が組み込まれた今作に彩りを添えている。
佐藤は、今作を言葉で説明することを良しとしない。「キャッチコピーにもあるんですが、『この映画はルールが違う』んです。だから、理解しなくてはならない、笑わなければならない、泣かなければならない、クライマックスに向かって盛り上がっていかねばならない……。そういうルールが通用しないんです。とにかく見て、感じていただきたいですね。見てくださる方なりの感覚でご覧いただいて、『じゃあ、あなたはどう思いますか?』と問いかける映画だと思うんです。それで困った表情を浮かべる方がいれば、すごく嬉しいですね。困って、もう一度見に行ってもらいたいです(笑)」とファンとの“真剣勝負”を心待ちにしている。そう、佐藤はいかなる時も真剣で、芝居に対しても真摯な姿勢を崩すことがない。
だからこそ、作り手たちから愛される俳優として認知されているのだろう。そんな佐藤が、わずかながら照れ笑いを浮かべたのは、仕事をしてみたい映像作家について話題が及んだ時のことだ。「憧れのティム・バートンと仕事がしてみたいです。子どもが好きそうな、特殊メイクをして演じる作品に出てみたいんですよね」。昨年5月、長年にわたり憧れ続けてきたバートン監督が「ダーク・シャドウ」のプロモーションで来日した際、対談が実現しただけに思いもひとしお。「るろうに剣心」で見せた“動”の演技だけでなく、今作では“静”の演技が多くの映画ファンをうならせることは間違いなく、佐藤の夢がそう遠くない将来に実現することに期待したい。