「昆虫よりも用例採集。」舟を編む ハチコさんの映画レビュー(感想・評価)
昆虫よりも用例採集。
私が学生の頃は、もちろん辞書といえば紙媒体(重い・厚い)。
息子が「電子辞書買って」というまで辞書といったらその印象。
特に英和辞書は学校推薦のものが見辛くて…苦労したなぁ。
気の遠くなるような舟を編む(辞書を作る)作業そのものが、
一冊の重みにも増して愛おしく感じてしまう、言葉に対する
愛情が、これでもか、これでもか…と詰まっているこの作品。
日本人であるからには、せめて美しい言葉遣い…とはむろん、
私も常に思いながら(ホントです)実に嘆かわしい粉砕言葉を
しょっちゅう使っている身である。恥ずかしいことこの上ない。
が、劇中ではそんな言葉をも拾い上げている。
素晴らしい辞書とは、言葉を選り好みしないことが分かった。
どんな言葉も大切に拾い上げ、語釈を巡って議論を繰り返す、
私も用例採集に加わりたくなってきた(昆虫採集より面白そう)
初めて「超~、うぜぇ~、キモい、これマジヤバくね?」なんて
いう言葉を聞いた時は(スイマセンねぇ^^;古い人間なもんで…)
もはや日本語も終わったな、なんて思ったりした。
いや、そうじゃなくて新たな語彙を持つ言葉が加わったと考える
べきだったのね。確かに諺だの慣用句だの、使われなくなれば
どんどん死語になっていくのだ。もはや聞かなくなった慣用句の
どれだけ多いことか。その時代を彩るのが当時流行った言葉
だとすれば、明らかにそれは文化になってきたはずなのにねぇ…
しかしどうせ耳に届くならば(皇室用語とはいわないが)耳触りが
心地良い言葉で伝えたほうが(肝に銘じます^^;)とは、思っている。
ところで面白いのは、今こういう言葉使わないよねぇ?だとか、
あーその言葉が出る年代といえば、うちらだね。なんて気付いて、
昔話に花が咲くという、これはこれで、また楽しいものである。
だから今、前述の言葉を多用している若者たちが20年後の未来で
マジ懐かしい~超ヤバくね?なんて語っている現場が目に浮かぶ。
いろんな意味で、言葉は(一応)大切に育まれているわけだ。
原作は本屋大賞を受賞した三浦しをん。ちなみにまほろ駅前~でも
松田龍平を使っていたが、私は彼の行天というキャラが大好きだ。
淡々飄々としているが大切なところを見誤らない賢さと鋭さがある。
今作の馬締は、言葉のセンスをかわれて辞書編集部へと異動するが、
いちいち正確な語彙を辞書で調べては意味から言葉へと入る姿勢が
七面倒くさい馬締のキャラクターに沿っていて、右という言葉を
あんな風に説明する人を初めて観られて感動する(他にもあるけど)
チャラ男の西岡(オダジョー)が、かなり自然に発する不用意な言葉と
比べてどちらが命取りになるんだろう、と考えては笑ってしまった^^;
お硬く難しい話かと思えばそうではなく、辞書編纂の長年にわたる
苦労と、馬締の恋愛話がメインで、軽やかなコメディにもなっている。
ラブレターを筆文で書いた馬締を責める香具矢(宮崎あおい)は可愛い。
書けても言えない(爆)もどかしさ、分かる気がする…でもそこだけは
ちゃんと口で(言葉で)言って欲しいもの。これは普通の女心だよねぇ。
のちに結婚する二人、二人ともあまり饒舌でないだけに、最後まで
です。ます。調のやりとりをしているところが不自然で笑える。しかし
盆も正月もないような生活の中、支え合う夫婦愛は言葉以上のもの。
おそらくすぐに、馬締は大渡海の改訂作業に取り掛かるんだから。
…あぁなんて果てしないんだ、辞書編纂に関わる総ての人を尊敬する。
しかし長きにわたる作業が人生のほとんどを占めているというのに、
幸せに感じられるなんて何よりのことである。12年後もまだ未完成、
あの光景が、どれほどの長い年月かを一瞬で感じさせたのはさすが。
脇を彩る名優たちも素晴らしく、随所で演技指導をしたという監督の
思い入れがたっぷり伝わる意欲作。今自宅にある辞書は手放さないぞ!
(紙質にも拘りがあったとはね。舟を愛して止まない姿勢が愛おしい)