「配偶者の支えを諭す映画でもある。」舟を編む Takehiroさんの映画レビュー(感想・評価)
配偶者の支えを諭す映画でもある。
『舟を編む』(2013)
西岡(オダギリジョー)と三好(池脇千鶴)が同棲しながら、それぞれが別の人とデートだという会話のシーンは、自由恋愛というトリックの、乱交的な嫌な一部の社会背景かと思わせたが、「ダサい」ながらも、西岡はちょっとの缶ビールで泣きながら三好にプロポーズする。主人公の馬締(発音がマジメ、真面目な人である。松田龍平)とヒロインの香具矢(宮崎あおい)にしても、二組の男女がやがて結婚するという人生の堅実性が背景にある作品だと思う。13年も賭けてた大きな辞書の編纂という仕事が屋台骨だが、そうした大きな事業が為されるためには、最初に、ベテラン編集者の荒木(小林薫)が妻の介護のために退職したいと届け願うところからである。ここにも夫婦愛があり、先月亡くなられた加藤剛演ずる監修者の松本が13年もの編纂の、出版間際に死んでしまうところから、八千草薫演ずる妻との家庭での佇まいもあり、幾組もの人生を、一つ事に継続した人間に、しっかりとしたパートナーがあるというのが夫婦愛の物語でもあり、長い時間を経ていく人生の、辞書作りという大きな事業の、一人を一つを大事にするという、現在の日本で揺らいでしまっているところに問いかけるような作品に仕上がったと思う。東日本大震災から2年、余韻も今よりも強かった時期でもある。企業といううまく売り上げから儲けを得なければならない社会の仕組みの中で、不器用な人は大変なのだが、それでも適材適所があり、ポジションがあるという希望の作品でもある。そして良いパートナーが一人現れるのである。年月の経過からの恩師の死というような場面もある。馬締によくしてくれた大宅さんも途中で亡くなるが、パートナーはその孫との出会いからであった。西岡と馬締の先輩後輩の友情もあるし、利益管理も厳しい管理職役の村越(鶴見辰吾)の厳しさと優しさもあるし、企業ドラマとしてもしっかりしている。後から入社してくる岸辺(黒木華)のようないまどきの女性にしても、仕事をしている間に根がしっかりしてくる。真面目で不器用な人が一つ事を継続することで、人生の歴史、周囲との関わりを見せてくれる作品である。この年の日本映画の代表作と言われるのももっともかも知れない。それだけ揺らいでしまっていることが多いのである。人との交流も多く、芸術家気質の人達だからか、異性関係も複雑になってしまう人が多い業界かも知れないし、日本という社会がそういう緩さにあるのかも知れないが、そういう中でも加藤剛という俳優は、調べると、酒もタバコもギャンブルもしない人だったということで、おそらく奥さんと子供たちを大事にして、この作品の馬締を実際にやっていたような人だったのかも知れない。それでも演技では、栗原小巻と『忍ぶ川』で濃厚なラブシーンを演じていたりもする。多く分析しようとすると矛盾を抱えたような複雑な人生もあってしまうのかも知れないとしても、この映画の登場人物たちは、器用で交際的な西岡にしても、プロポーズは硬派そのものの不器用さだったりと、いぶし銀な渋い、そして暖かい話だった。(この映画の監督が離婚してしまっているようなところまで加えると気持ちは落ちてしまう面もあるものの、)だから変にキスシーンやベッドシーンもない。それでいて、男女の愛情を十分に見せてくれる。映画としてはこういう映画の作り方が良いのだと思う。