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アンソニー・ホプキンスと恋人役 真田広之が文芸作で見せた新境地
日本とアメリカをまたにかけ活躍する国際派俳優・真田広之。「上海の伯爵夫人」に続きジェームズ・アイボリー監督と2度目のタッグを組んだ本作は、南米ウルグアイを舞台に、米作家ピーター・キャメロンの同名小説を映画化した人間ドラマだ。真田はアンソニー・ホプキンスと同性の恋人同士を演じるという難役に挑戦した。文芸作品の名匠のメガホンのもと、世界に名だたるキャスト陣との共演を振り返った。(取材・文/編集部 写真/本城典子)
今は亡き作家が住んでいたウルグアイの人里離れた邸宅に、その作家の伝記を書きたいというアメリカ人青年オマーが訪れる。そこには作家の妻キャロラインと、愛人アーデンとその娘が暮らしていた。近所に住む兄アダムと彼のパートナーのピートを含め、それぞれの故郷から離れ辺境の地に生きる男女が、亡き作家の伝記執筆をめぐり自分の人生を見つめ直す。真田とホプキンスのほか、ローラ・リニー、シャルロット・ゲンズブールら国際色豊かなキャスト陣が顔をそろえた。
「上海の伯爵夫人」撮影中に、アイボリー監督から「次は南米ロケだぞ、興味あるか?」と本作出演をほのめかされたが、その時点でホプキンスの恋人役ということは明かされなかったという。「ロスに戻って監督に改めて会った時に、『読んでくれ、できればイエスと言って欲しい。アダムはアンソニーに決まったよ』と本を手渡されたんです。過去にもないチャレンジングな役ですし、相手が相手ですからこれは一筋縄ではいかないなと緊張しましたね。これだけの大事な役を、自分を信頼して与えてくださったという喜びと、同時に期待に応えられるのかという不安を感じました」とオファーを受けた際の状況と心境を語る。
名優ホプキンスとの共演は、やはり得るものが大きかった。「とにかく自然体で、テイクごと新鮮にアプローチを変えてくるんです。それはもう、どんな動きをしてもその役になりきっているという自信のもとにできることだと思います」とその俳優としての姿を分析。そして「テクニックだけでどうにでもこなせてしまうであろうに、ひりひりするくらい生身をさらして、感じたままに反応してらっしゃる。それを続けてきたからこそ今の彼があるということを目の当たりにできたことはすごく刺激になりましたし、その相手として演じられたことは非常に幸せな経験でした」と感慨深げに振り返る。
同性愛者という初の役どころに、アイボリー監督からは「女性っぽい言葉やしぐさも含め、一般的に言われるゲイの表面的なイメージは望んでないのでやめてくれ」と指示されたという。「自分なりには模索して準備していったのですが、出す前に全部否定されました(笑)。ですからこれはもうシンプルに、ハートでぶつかっていくしかないなと」と心のままに演じた。ピートは亡き作家が残した家族たちの間を穏やかに行き来する、潤滑油のような存在だ。「ピートには幸せへの前向きなエネルギーを感じて、それが言葉ではなくにじみ出ればと思ったんです」。真田の持つ色気と伸びやかな感情表現により、ピートはゆるやかに流れる物語に心地よいリズムを与えている。
アイボリー監督の作品は若い頃から「一緒に仕事ができるなんていうことは一切考えずに、遠い存在として“教材”の様に」見てきたという。実際作品を共にし、「昼食時なんかにアンソニー・ホプキンスにジェームズ・アイボリー……その間で食事をしている私は何者なんだ? と急に映画少年に戻ってしまう瞬間がふとあって(笑)。大それたことをしているなという恐ろしさと、ありがたさとが一気に押し寄せるんです」と明かす。
アクション経験を生かし、ハリウッド大作でもキャリアを順調に積み重ねている真田が映画少年に戻ってしまうというのは意外だ。「やはり日本で育ち、日本で過ごした時間の方が全然長いですから。言葉で劣等感もあって“お邪魔します”みたいなおのぼりさん感覚が常に付きまといます。だからどこまで迷惑をかけずにいけるのかということを常に考えています。郷に入っては郷に従いながらも、日本人らしさを失わないようにどこまでやれるか、そのバランスが大事だと思うのです」と話す謙虚な姿勢に、国境も作品のジャンルも軽やかに超えてスクリーンに生きる真田のエレガンスを垣間見た。