霧の中のハリネズミのレビュー・感想・評価
全7件を表示
闇の不気味さ これは現実か幻想か
ユーリー・ノルシュテイン監督作五本目。
恐らく彼の代表作。
霧の中に迷い込んだハリネズミのヨージックが体験する奇妙な出来事の数々。
なんとも不思議な10分間でした。
そして、前作の『アオサギとツル』を超える世界観と芸術性。
相変わらず秀逸なアニメーションと音楽。
霧の中の闇と光。平穏と焦燥。
コグマくんの元に戻ってきてもなお、謎の白馬を心配し、バックでは霧の中と同様の焦燥的な音楽が流れる。
木イチゴの砂糖漬けや多くの動物たち、川岸まで運んでくれた魚らしき何かの存在など、全て明らかにしないまま終わるため、観ているこちら側に不安とモヤモヤを与える。
主人公がハリネズミ(本当はそんなことないですけど、針で身を守る弱者)というのも良かった。
はじめてみるもの、ふれるもの、それは素敵なたからもの。
2020年5月6日
映画 #霧の中のハリネズミ (1975年)鑑賞
ロシアを代表する世界的アニメーション作家ユーリー・ノルシュテイン監督の作品。セルロイドに緻密に描き込まれた切り絵をベースにした短編アニメ。
川に流されて小さな冒険をするハリネズミのお話です。
「深い」という感覚
「深い」という感覚を、私はずっと気にしています。
ここでいう深みとは無論、物理的な距離のことではなく、感覚の中に生じるものです。それは、何か永遠に不明瞭で曖昧模糊で捉えることができないが、しかしはっきりとした存在感は迫ってくる、そんな感覚です。そして深みは、謎めきや崇高さを呼び、心の豊かさや幸福感といった感動に直結するものだと考えます。
「霧の中のハリネズミ」は私にとって、多分に「深み」が感じられる作品であり、それゆえ、一つの理想の幸福感を表しているものだと考えています。
透明フィルムとアナログペインティングの表情が重なった美しい奥行きや複雑さは、まさに深みの感覚を視覚的に湧き起こします。とりわけ霧や陰翳、草の茂み、暗い川といった曖昧な空間を持つモチーフは、見えないけど奥に何かが在るという深みをよく感じさせていると思います。魚やコウモリの姿がはっきり見えていないことにも、同様に言えるでしょう。
謎めいて、不可思議な世界はおもしろく、そんな魅力的な世界の一部として自分も存在している、という生への驚きは、そのまま生の喜びとして感じられるのです。
一方で謎めいている自然界には恐怖や危険もあります。が、そんな一見ネガティブなものも、ここではセンス・オブ・ワンダーの一様として見ることができ、自然界の魅力の一部になっているのではないでしょうか。
いってみれば、これはアニミズムに通ずる感覚でしょう。生きる環境に対する感動や畏敬の心は、ヒトにとって原始的で根源的な幸福感なのだと思います。多くの人が少なくとも子供の頃には気づいていた、世界や自然に対する感動が蘇るのではないでしょうか。
…一人よがりすぎる見解になってしまったかもしれませんが、少なくとも私はそう見ました。
幽玄な動く水墨画
ノルシュテイン監督作品の5作目になるが、細かさやこだわりへの追求はここまで来るのか!と感嘆符しかつかない。
児童文学作家のセルゲイ・コズロフの絵本の中から、日本の芸術を想い起こさせる作品として本編を選び、さらにノルシュテインが脚本を書いて話を膨らませたらしい。
まさにノルシュテイン自らが述べるように霧の中で話が展開されることでまるで水墨画を眺めているように心地よい黒白の世界が展開する。
白黒以外で目立つ色は本編途中にワンシーンだけ登場する犬の淡い黄色の両耳と赤い舌、終盤に登場するクマの茶色ぐらいである。
圧巻はカタツムリが徐々に霧の中に消えていくシーンである。まるで日本画で多用されるぼかしの技法を動画で表現するとこうなるとお手本を示されたかのようだった。
とにかく全体的に霧の中からの対象の出し入れそのぼかし加減が全編にわたって抜群なのだ!
今1つの圧巻は巨大な樹を主人公であるハリネズミのヨージックが見上げるシーンだ。
その巨大さを表すために見上げた際に手前となる下方の幹の動きをゆっくりと上方の幹の動きをいくらか速く動かしているのだ。
ちょうど我々が車窓から景色を眺める時、手前のビル群より、後ろのビル群が速く視界から過ぎ去ってしまうのと同じように。
物語の終盤で登場するクマが話す際は口の動きだけでなく口の周りまで動かしている。これによってなんとクマの表情豊かなことか!
灯火にたかる虫によって光が絶えず変化するさまも湛然に描く。
ただ単純に光を照らせば簡単なところを、あえて困難な表現な選ぶところにノルシュテインや美術監督の奥さんフランチェスカ、そして撮影監督アレクサンドル・ジュコーフスキーが抱く自分たちの技術への自負を感じた。
そもそも主役に細かい針の描写を必要とするハリネズミが選ぶばれていること自体がすでに困難な道を選択していると言える。
欲を言えば水の表現も実写との合成ではなく絵で表現して欲しかった。しかしすでに他の動きだけでどれだけの時間をかけて究極の域に高めているか測り知れないので、これは無理な注文だろう。
ノルシュテインなら水の動きをどう表現するのか、それが他の動きと組合わさることでどのように既存のシーンが変化していくのか、想像するだけでもワクワクしてしまう。
また何度か登場する白馬は空想主である黒色の多いハリネズミと素晴らしい対比になっている。
前作同様ミハイル・メェローヴィチが音楽を担当しているが、こちらもノルシュテインが彼と2ヶ月かけて曲を一緒に創り上げる徹底ぶりである。
2K修復された画像の鮮明さは息をのむほどに美しい。
ノルシュテインの作品を観ていると作品創りにおいて時間と手間をかけることの重要さを改めて思い知らされる。
神が細部に宿ることで作品自体が哲学すら湛え幽玄の境地に達している。
お見事!
愛しく美しい、10分間の動く絵本。
ロシア・アニメーションの詩人、
ユーリー・ノルシュテイン監督の代表作の1つとして、
「話の話」と共に上映される、本作。
監督の私的な回想の映像化と言われる「話の話」とは異なり
こちらはセルゲイ・コズロフの児童文学を原案に
独自の造形と映像化を試みた、「10分間の動く絵本」。
霧の中に恐る恐る足を踏み入れていくハリネズミが
見たり、聞いたり、触ったり、落ちたりしながら出逢う
さまざまなキャラクター。
水墨画を思わせる深い霧の中で、鳴き声や動きや佇まいや吐息で
彼らの存在が、ハリネズミに未知の何かを伝え、感じさせていく。
ハリネズミの心情に寄り添い、支える音楽も
優しく穏やかで、愛に溢れている。
今回の「ユーリー・ノルシュテイン監督特集
~アニメーションの神様、その美しき世界~」は
2Kによるデジタルリマスタリングのみならず、
字幕や、ポストカード形式のパンフレットに至るまで
実に親切な仕事と解説が付いており、とてもわかりやすかった。
30年前、字幕も付かず(まぁ、字幕がなくてもおおよそは解る内容とはいえ)
解説もなくただ映像美を堪能するだけだった上映に比べると
本当に嬉しい上映会となっている。
森の神秘と恐怖をしみじみと─
ノルシュテインの代表作といえば最も長い「話の話」となるのでしょうが、内容の分かりやすさでどうしてもこの作品を推してしまいます。アニメーションの表現の豊かさからしても「話の話」のほうが断然なんですけど─。
子供の頃に見たこの作品、森・自然、暗闇などの表現が知っている周りの環境とドンピシャで、めっちゃハマった記憶が蘇ります。ハリネズミとか小グマも可愛さは感じるけれど特にめちゃくちゃ可愛いわけでもなく、それゆえに何となく親近感を感じるし、おびえる感じとか優しい感じとか、いろんな意味で心に響いてくる作品でした。その印象はいつ見ても変わらない気がします。素直にアニメーションそのものを楽しむことができるので、数少ないノルシュテイン作品の中で最も気に入っています。
「外套」制作中のなずのノルシュテインはどうしているのかなぁと時々思ってしまいます。彼の作品と同じくらいの数のドキュメンタリーをテレビや劇場で目にしてきましたが、その度に彼のアニメーションの濃密さと、あらゆる苦悩を実感してしまいます。こういった背景を目にすると、断然「話の話」を見たくなるのですがねー。
全7件を表示