「世界一濃厚な7分間。 流行りの風邪怖い:;(∩´﹏`∩);:」On Your Mark たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
世界一濃厚な7分間。 流行りの風邪怖い:;(∩´﹏`∩);:
音楽デュオCHAGE&ASKAの楽曲「On Your Mark」(1994)のプロモーション・フィルムとして制作されたSF短編アニメ。
囚われの身となっている有翼の少女を救い出そうと奮闘するCHAGE&ASKAの姿が描かれる。
監督/原作/脚本は『となりのトトロ』『魔女の宅急便』の、巨匠・宮崎駿。
まだ国民的作家として認知される前の宮崎駿に、PVの作成を依頼したチャゲアスの先見性は素晴らしい。
彼らと宮崎駿の出会いが、圧倒的な世界観とクオリティを有した短編アニメ映画のマスターピースを生んだ✨
作品には一切のセリフはなく、チャゲアスの歌声に乗せてアニメーションが展開していく。そのためストーリーは観客が画面上の情報を収集/解析した上で考えるしかない。
初めに「ジブリ実験劇場」と映されていることからも分かるように、一見よくあるお姫様救出譚に見えるのだが、どうやらそんなに単純な物語ではないようだ。
舞台は放射能に汚染された世界。人々は地下に潜り生活せざるを得ない状況。
カルト宗教団体に殴り込みを仕掛ける警官隊。どう見ても正義の味方という感じではない。
信徒たちは警官隊によって皆殺しにされる。警官が倒れた女性の服の背中部分を掴み持ち上げ、ドサっと落とし、死亡していることを確認する。
持ち上げられたことで女性の服が広がり、まるで天使が羽を広げたように見える。
チャゲアスがアジトの奥に足を踏み入れると、そこには有翼の少女が。鎖に繋がれた状態で監禁されており、周りにはコカ・コーラの空き缶などのゴミが散乱している。彼女からは全く生気を感じない…。
直後、チャゲアスと少女がドライブしている場面に切り替わる。少女が空へと舞い上がる…まるで死のメタファーのように。
すると、場面がパッと転換し、少女を発見した時点から再び物語が描き直される。
同じようにチャゲアスが彼女を見つける。今度はまだ息がある模様。
その後、放射線防護服に身を包んだ者たちが、放射能マークが書かれた遺体袋のようなものに彼女を入れ連れ去る。彼女からは放射線が発せられているのか?
それを黙って見送るチャゲアス。
しみったれた顔をしながら居酒屋で酒を飲む2人。
ここで彼女の救出を決意。
何やらルパンの様な小道具を作成し、彼女が捕らえられている研究施設へ。彼女を救出し、トラックで逃走を図る。
ハイウェイを逃走中、警官隊に襲われトラックごと落下。
チャゲアスは彼女に飛ぶように指示するが、彼女は飛ぶことが出来ず、真っ逆さまに落下。南無…。
すると、またまた場面が少女を発見したところに戻る。
再び彼女を救出しトラックで逃走、ハイウェイから落下するが、今度はトラックのジェットエンジンが火を吹き、空を飛んで逃走成功!
その後、オープンカーに乗って地上へ上がってきた3人。ここは始めに少女を発見した際に描かれていた場面と酷似している。
地上に向かうトンネル内には「注意陽光」「不保障生命」と書かれていることから、太陽の光に当たってしまうとヤバいようだ。
穏やかな顔で大空へと飛び上がる少女。それを見送るチャゲアス。
上空から停止したチャゲアスの車を映しだし、カメラを引いていってエンディング。
一見明るいファンタジー作品のようだが、作品全体を覆っているのは濃い死の気配である。
クライマックスも、強い放射線の世界に生身で飛び出したんだから、チャゲアスが死亡した可能性だってある。
「On Your Mark / いつも走りだせば / 流行の風邪にやられた / On Your Mark / 僕らがそれでも止めないのは / 夢の斜面見上げて / 行けそうな気がするから」というサビの歌詞、流行りの風邪=放射能汚染と捉えているところに宮崎駿らしい意地悪さが現れている。
放射能に汚染された地上の世界が、殺戮が蔓延る地下の世界よりも平和に見えるのは宮崎駿流のアイロニーか。
歌詞の通り、少女救出という夢に向け挑戦し続けるチャゲアスという風に捉えることも出来るし、少女は初めから死んでおり、チャゲアスの2人が少女救出を妄想しているという風にも捉えることが出来る。
とまぁ色々と解釈の余地がある作品である。読み解き方は人によって違うのだろう。
たった7分という時間の中に、ギュッと情報が濃縮されているので、観ていて疲れる💦いやしかし、ただのMVでこれほどまでにハイレベルな作品を作り出しちゃうんだから宮崎駿という人間は恐ろしい。
作画のレベルも全く手を抜いていないし、シナリオも2時間の映画が余裕で作れそうなほど濃密。
日本の短編映画史に残る傑作でしょうこれは!!
※『ジブリがいっぱいコレクションSPECIAL ショートショート 1992-2016』に収録。
(再鑑賞:2024年4月)
うーん…。やっぱり凄いわこの作品。たかだかMVで全力投球しすぎだろ…。
再鑑賞してみてちょっと思ったのは、本当に地上の世界は放射能に侵されているのか、という事。
「注意陽光」「不保障生命」なんて書いてあるのは、支配者が人類を地下に閉じ込めておくための嘘なのかも。
情報を鵜呑みにせず外に飛び出せば緑豊かな世界が広がっているよ、というメッセージが込められている。こういう読み解きも出来ますね。
なんにせよ、やはりこのアニメは別格。宮崎駿すごい👏
という訳で評価はちょっと上方修正。