「半世紀以上前のインドの「女性活躍」映画でありながら、肩ひじを張らない小津っぽさが素敵。」ビッグ・シティ じゃいさんの映画レビュー(感想・評価)
半世紀以上前のインドの「女性活躍」映画でありながら、肩ひじを張らない小津っぽさが素敵。
2025年の年の瀬にあたり、プロフィールに「映画館で観た映画はなるべくすべてここに感想を記す」と書きながら、書かずじまいでいた作品が3本あることを思い出し、そのうち2本の感想を備忘録的に(いつもより短めに)記しておきたい。
『ビッグ・シティ』は、すでにここで感想を書いた『音楽サロン』『聖者』『エレファント・ゴッド』を観たときに合わせて鑑賞したものだが、その後、月残業120時間の異常な状況が2か月続いて、とても感想を書く気力がわかなかった。
映画としては、1950年代のカルカッタを舞台に、とある聡明な女性の社会進出が引き起こす家庭内での軋轢を描いた、まさに「社会派」といっていいような作品だ。
個人的に、映画を用いて社会正義を訴える系統の作品はきわめて苦手としているので、若干構えて観に行ったのだが、結論からいうと全くの杞憂にすぎなかった。
実際には至極まっとうな「ドラマ」であり、
観ていて、とにかくぐっと引き込まれた。
「声高さ」などは、どこにもない。
「監督の政治的主張」など微塵も感じさせない。
あるのは、インドの「今ここにある現実」と、
やむを得ず、労働に従事することになる主婦と、
「職業婦人」が引き起こす顚末。
冷徹な現実を、温かみのある眼差しと
リアリティをもって描いている。
じつに丁寧に作られた家庭劇であり、
真摯な女性映画だ。
テイストとしては、職業婦人として能力を発揮するヒロインの溌剌とした姿や、義父母との愛情のこもったやり取り、先生をやっていた老人がかつての教え子を訪ねて回る展開など、なんとなく小津の映画を彷彿させる部分が多い。
(サタジット・レイ監督自身は、外遊中に観たイタリアのネオ・リアリズモ映画から影響を受けたことを公言している。)
いちばんの特徴は、とある善良な中流家庭の様子が、等身大で描かれているということだ。
明快な悪意を持って動いたり、嫉妬や劣情で相手を傷つけたりする安易な「敵役」を用意せず、「善人」たちが悩み苦しみながら織りなすドラマが展開されるので、観ていて実にすがすがしい。
家族全員、戦後の貧困と社会変革のなかで苦境に立たされながらも、お互いへの思いやりと愛情は強固に保っている。会社の上司も同僚も、功利的だったりずぼらだったりはしても、決して悪い人間ではない。
「監督が語りたいテーマに合わせて、殊更に悪く描かれる存在」や「物語の都合上、女性の社会進出を阻害する存在」を無理に出そうとしないあたりには、監督の矜持と自制が感じられる。
とくに、旦那の描き方がとても良い。
妻の社会進出に対してステロタイプな反発を示さず、最初は開明的な様子を見せようとしながらも、だんだんと嫉妬やプライドの棄損でメンタルをやられていく感じが、実に生々しくて人間臭い(正直、いまの日本の夫婦の話に置き換えても十分通用するような話)。
彼の両親も含めて、家族が旧弊な価値観に囚われていてヒロインの活躍ぶりに動揺しているのは確かなのだが、だからといって、家族としての愛情や思いやりを喪ったわけではない。
同様に、妻であるヒロインも、仕事の楽しさに目覚めたとはいえ、夫や子ども、同居する家族への愛情は揺るがないし、むしろ彼女にとってのモチベーションは徹頭徹尾「家族の財政的支援」なのだ。
すなわち、この話は基本的には「女性の社会進出」を扱った映画でありながら、「家族総出で危機を乗り越えようとする物語」でもあるわけだ。
「すべき」論に陥らず、それを強調するための「憎まれ役」を用意したりもしない。
リアルな家族が時代の要請に従って「夫婦共働き」を選択し、そのなかで妻も、夫も、家族も、一定の挫折を経験しながら強い想いを抱いて成長していく。これは、きわめて「まっとう」で「フェア」な家族の成長譚だ。
僕は、女性の虐げられた環境を観客に印象づけるために、男性の悪を殊更強調するような作劇を見ると、ふつうに吐き気を感じるタイプなので、こうやって、女性をメインで描きながら、ちゃんと「男性」や「年長者」も「人間」として描いてみせる映画を観るとほっとする。
インドは、2025年現在もなお男尊女卑がはびこり、一方的で組織的なレイプやリンチが多発する問題の多い国でもある。
そんなインドを本拠地に、1960年代の時点で、このようなバランスのよい「女権映画」を撮り得たのは、上流階級出身で左派的思考に触れる機会のあったサタジット・レイの先進性だったのか、それともカルカッタのような大都市(ビッグ・シティ)ではこのくらいの男女のあり方がリアルだったのか。
個人的には、息子の嫁から施しを受けるくらいなら、教え子の家を回って物乞いをしようと一念発起するおじいちゃんが、インパクト十分で面白かった。
元学校教師のような先進的で教養豊かな人物でも、こういう考え方しちゃうんだよね。むしろかつて支配的にふるまえていた人物のほうが、老いを迎えるとどうにも融通がきかなくなっちゃうのは、日本でも変わらないだろう。
押しかけられて困惑している教え子の丁重な応対ぶりや、階段落ちで見せるやけにアクション重視のカメラワークも含めて、監督も妙に力を入れて描いていた気がする。
あと、インド在住英国人の同僚女性のぼんくらキャラも、まあまあ新鮮だった(インドの庶民のなかに交じって労働者として働いているイギリス人女性とか、こういう映画以外では見る機会ないからね)。むしろ、インド人経営者からは、ナマケモノで図に乗っていると低く見られがちってことなのかな?
なお、同じ日に観た『臆病者』は、疲れ果てて半分くらい寝落ちしてしまったので(笑)、しょうじき中盤に何があったかよく覚えていない。来年横浜シネマリンであるらしい再上映で、あらためて観てから感想を書きたいと思う。
