容疑者(1944)

劇場公開日:

解説

「ガダルカナル日記」のイスリン・オースターが製作し、「らせん階段(1946)」のロバート・シオドマクが監督した1944年度作品で、「コスモポリタン」掲載のジェームズ・ロナルドの小説より、「ルパン登場」のバートラム・ミルハウザーが脚色、アーサー・T・ホーマンが潤色し、「逃亡者(1944)」のポール・イヴァノが撮影、フランク・スキナーが音楽を担当した。主演は、「大時計」のチャールズ・ロートンと「拳銃の町」のエラ・レインズで、ディーン・ハーレン、ヘンリー・ダニエル、ロザリンド・イヴァン、モリー・ラモント、スタンリー・リッジス等が助演している。

1944年製作/アメリカ
原題または英題:The Suspect
配給:セントラル
劇場公開日:1950年11月21日

ストーリー

1902年のロンドンの話である。フィリップ・マーシャルは煙草商をしていた中年の男だが、妻のコオラとの結婚生活は完全に失敗だった。母と仲違いをし伜のジョンに家出された彼は、孤独の女メリー・グレイに惹かれてゆき、口やかましいコオラに離婚を要求するが断られた。フィリップはコオラを階段からつき落して殺害し、事故死にみせかけた。ロンドン警視庁のハクスレイ探偵は他殺と睨みフィリップを追及するが確証をあげることができなかった。フィリップはメリーに、自分が殺人の嫌疑をかけられていることを打ち明けたが、孤独の彼女はフィリップと結婚した。メリーとフィリップの結婚生活は幸福であったが、隣家のシモンズはコオラの死を怪しみ、フィリップを恐喝した。フィリップはシモンズを運河に投げこみ殺害して、メリーとジョンを伴ってカナダに逃れようとした。ハクスレイ探偵はフィリップの犯行をつきとめ、波止場で彼を捕えた。フィリップはハクスレイの情けにより、何事もない様子を装って、メリーとジョンに待つように言いながら船を下りて、ひかれてゆく。

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映画レビュー

3.5悪妻に虐げられる夫が、孤独な若い女と出逢って……哀愁あふれるチャールズ・ロートンの名演技!

2022年1月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

シネマヴェーラにて視聴。 シオドマク映画の中でも、かなり面白い部類に属するのではないか。 まずは、映画.comのあらすじがひどすぎる(笑)。 上から数行目の「フィリップはコオラを……」の部分は、視聴者にも途中まで「彼が何をやったか」がわからないのがこの映画のミソなのに、こんな書きようをしちゃダメだろ。 「隣家のシモンズはコオラの死を怪しみ」とあるのも、彼は必ずしも「怪しんでいた」わけではない。 さらに、「フィリップはシモンズを……」の続きは、行動の順序が間違っていて「逆」である。 「ハクスレイ探偵はフィリップの犯行をつきとめ」というのも明らかにおかしい(最初から当たりをつけての見込み捜査)し、最後の一文は完全に実際の内容と齟齬があるどころか、まるっきり間違っている。明らかに「観もしないで」書いたあらすじで、ほんとどうにかしたほうがいいと思う。 内容的には、たとえば「刑事コロンボ」の「別れのワイン」とか、「古畑任三郎」の風間杜夫回とかを想起させるような、 ①容疑者が徹底的にこちらの同情を誘う立場で、思わず応援してしまう倒叙物で、 ②つぎつぎと面倒ごとがふりかかってきて、てんやわんやになる喜劇要素を含む、 一連の系譜につらなる。 とくに、主人公の恋愛要素を、出逢いからじっくり描き込んであるので、観ていて心が痛い。 まずは、チャールズ・ロートンの名演技、これに尽きる。 落ち着いたなかにも隠れた情熱があり、自分のためなら動けなくても人のためなら行動を起こせてしまうフィリップ。彼が巻き込まれていく事態のなかで、何を考え、どう変わっていくかを、表情とセリフと立ち姿だけで伝えてくるというのは本当にすごい。この体格、この面相で、主演を張り続けただけのことはある。『情婦』の弁護士役でも思うことだが、とにかくロートンは声の抑揚のつけ方がべらぼうに巧い。これぞ英国舞台俳優というべきか(ちなみに、彼は世界で最初のエルキュール・ポアロを演じた男優でもある)。 孤独だが聡明で前向きな女性メアリーを演じる若きエラ・レインズも魅力的だ。シオドマクは余程本作の彼女が気に入ったのか、続けて『幻の女』『ハリーおじさんの悪夢』でも起用している。 愛すべき愛人とは対照的に、マシンガントークで夫と息子を蹂躙する猛母猛妻役のロザリンド・イヴァンも、ナチュラルボーン・ヴィクティムとして怪演ぶりを見せる。 脚本としては、まずは丹念にフィリップの人となりを描き、彼の同情すべき家庭生活と、優しい人柄をアッピールして観客を味方に引き込んだうえで、孤独でひたむきな女性との出逢いで彼の人生が流転してゆく様を隙なく描出していて、大変好印象。 「実際に、階段で何が起きたのか」を敢えてオフスクリーンにすることで、これだけ愛すべき好人物が「実は犯人ではない」という一縷の望みを観客に遺すつくりは巧みだと思う。 ラストシーンで、フィリップに付きまとうスコットランドヤードの刑事が、何を考えて行動していたかが初めて明かされて、いろいろと得心がいくつくりも、思いがけない敏腕さが伝わってよかった。 じつに味のある、良いエンディングである。 「危ない段のある階段」とか、「5摘以上たらすと危ない睡眠薬」とか、きちんと段取りを踏んで説明的な要素を前もって呈示していく構成もしっかりしていて、脚本だけでいえば同じシオドマクの『らせん階段』や『血ぬられた情事』よりも精度は高いのではないか(『暗い鏡』の完成度には劣るが)。 いっぽうで、一番の問題となるのは、隣家のアルコール依存の亭主にまつわる部分だろう。 本人が何も目撃したり耳にしたりしていないことが明白で、証言者としての人品も不適格である以上、彼の脅迫は実際上は「まったく脅威に感じる必要がない」ものなだけに、フィリップがその後取る行動がたいへん残念に思える。さらには、結果的には第三者を巻き込んで要らない惨事を招いた形になるハクスレイの捜査も著しく妥当性を欠くわけで、このあたりは作り手ももう少しうまくやれたのではないか。 ともあれ、総じてよくできた倒叙ものであり、恋愛要素とミステリー要素の按分がうまくいっているうえ、セリフの端々が気が利いていて、大変楽しく観られた。チャールズ・ロートンの実力を再確認させられた一作でした。

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じゃい