劇場公開日 1963年7月5日

「母に代わって息子の恋人を襲う鳥の心理学」鳥 徒然草枕さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0母に代わって息子の恋人を襲う鳥の心理学

2021年11月27日
PCから投稿
鑑賞方法:CS/BS/ケーブル

(1) 作品の狙い――パニックの奥に潜むもの
子供の頃、初めて観た時は特殊撮影が売り物のパニック映画だと思った。
しかし、大人になって、この作品は母性の自己防衛を描いた、ヒッチコックの好きな「心理学映画」だと気づいた。

(2) 強固な母子関係とそれを脅かすヒロイン
男性主人公のミッチはハンサムで高給取りの弁護士。まだ独身なのは、彼に近づく女性は母親に排除されてしまうからだ。
父が他界した後、母は息子に依存し、二人は強固な母子関係で結ばれている。母にとって息子は自分一人のものであり、彼に近づく若い女性は自分から息子を奪う敵である。

そんな息子に近づいてきたのがヒロインの富豪令嬢メラニーだった。
彼女はイタズラを仕掛けるためにミッチの住まいを訪問するが、家に近づくと突然、一羽の鳥が彼女にぶつかってくる。母親のテリトリーに侵入するなという警告である。
傷の手当をした後、メラニーは母親に紹介される。疑念に満ちた表情で彼女を凝視める母親。
若く美しい、教養と機知に富んだメラニーは、息子にとって申し分のないパートナー候補だ。それを見てとった母性は、いっきに警戒心と攻撃本能を全開にする。

(3) 攻撃本能を全開にしヒロインを襲う母性
① 女性教師宅での会話
ミッチ宅でディナーを摂ったメラニーは、地元小学校の女教師宅に一泊することになる。居間で寛ぎ簡単な身の上話をするうちに、教師はかつてミッチと付き合ったが、母親に排除された一人だと分かってくる。訳知り顔でメラニーを眺める教師の、諦念と皮肉と嫉妬の交差する表情から、母親の絶大な支配力がひしひしと伝わってくる。

② 母性を憎むヒロイン
翌日、ミッチの妹の誕生パーティ会場で、メラニーとミッチは母性について興味深い会話を交わす。母と強い絆で結ばれるミッチは、メラニーには母親の愛情が必要だと語る。しかし、彼女の母親は11歳の時に娘を捨て、他の男と駆け落ちしてしまった。そのためメラニーは母性なるものと激しく対立する考えを持っており、母親の愛情など邪魔でしかない、というのである。
その直後、二人の会話を盗み聞きでもしたかのように鳥が会場に襲来し、子供たちに襲い掛かってくる。
鳥の集団はその夜、ミッチ宅のディナーにも押し寄せ、煙突から無数の鳥が飛び出してくる。幸いにも大事には至らなかったが、恐怖の中でメラニーがミッチや妹と接近すればするほど、母は険悪な目付きになっていく。

③ 怒り狂う母性
三日目に入ると、周囲一帯は鳥パニックに陥ってしまう。近所の知人を訪ねると鳥に両目を抉られて死んでいる。
学校には夥しい鳥の群れが取り囲み、子供たちを襲い、街の中心部でも通行人や店、車を襲い、ガソリンスタンドまで爆発してしまう。
母性はミッチを失う不安に怒り狂い、怒りは炎となって燃え上がる。街全体が鳥に覆われ、鳥はありとあらゆる人々を攻撃し、ミッチ宅も攻撃してくる。その中で多数の鳥に襲われたメラニーは、手酷い負傷を追ってしまう。

ここまでくると鳥の襲来は危機を察知した母性の自己防衛と、敵であるメラニーへの攻撃本能の象徴であることが、観る側にも伝わってくる。
最後に鳥たちが穏やかになるのは、息子のヒロインへの愛の深まりに気づいた母性が、自己の敗北を悟ったからに他ならない。

(4) 「サイコ」の続編としての性格と優れた人間ドラマ
ヒッチコックの心理学への傾倒はよく知られており、同じティッピ・ヘドレンの「マーニー」や、グレゴリー・ペックの「白い恐怖」はフロイトの精神分析学入門の趣きを呈している。
そして、本作の前の作品が「サイコ」であることも忘れてはいけない。その最後で、主人公ノーマンの殺人動機はどう説明されていたか。
「ノーマンの半分は母親となり、彼が女性に惹かれると嫉妬心を燃え上がらせ、その女性を殺してしまった」
ノーマンの「母親」は自分で殺人に手を染めたが、ミッチの母親は嫉妬を鳥に仮託させてティッピを殺そうとしたように見える。つまり、本作は「サイコ」の続編と見ることもできるのである。
そしてこうした背景があるからこそ、女性たちの意味ありげな視線のやりとりから濃密なドラマが形成される。本作は人間ドラマとして傑作たり得ているのだ。

(5) おまけ
町の中心部が襲われた時、レストランで住民たちが怪しげな蘊蓄を傾け合うシーンが小生は大好きなのだが、中でイスラエル民族の罪を糾弾したエゼキエル書等を引用する酔っ払いがいて笑わせる。
同書は「パルプ・フィクション」でも奇怪極まる引用がされており、あるいは本作の遠い影響があるのかもしれない。

徒然草枕
徒然草枕さんのコメント
2022年11月22日

はは、鳥肌立ちましたかw
洒落たコメント、ありがとうございます。

徒然草枕
きりんさんのコメント
2022年11月20日

なるほど!
あの空の黒い渦は母鳥の怨念が引き起こした呪いだったのか・・
大人の視点で観ると映画の様相がガラリと変わりますね。
鳥肌 立ちました。

きりん