エレファント・マンのレビュー・感想・評価
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そこいら中にエレファント・マンはいるのだ
なんと醜悪な、正視に耐えない、
吐き気を催すほどの化け物だ
しかしそれはジョン・メリックのことではない
病院の下働きの男と、彼に金を払って夜間に彼のを好奇の視線で覗く面々のことだ
そして本作をエレファント・マンとはどんな奇形の人間なんだろうと興味本位に観に行った過去の自分のことでもある
自分もまた見世物小屋に群がる人々と同じではなかったのか
トリーヴス医師もまた、あの興業師が喝破したように、学会で他の医師に見せびらかす事が目的だったのだ
見世物小屋で金を稼ぐか、自己の研究成果として学会での地歩を固めるかの違いでしかない
見世物小屋の口上シーンと学会の発表シーンは見事な相似形を描く
しかしジョンに知性があることを知って、扱いを改めて人間として接するようになる
もしジョンに知性がなければ?
あのまま?
人間扱いしていない?
研究対象として飽きたら、彼を一体どうしたのだろう?
衰弱して倒れてしまい、役にたたなくなったジョンを杖で殴りつけ、激しく突く扱いをする興業師とどこが違うのだろう
相模原の知的障害者施設で大量殺人事件を起こした犯人の視線とどこが違うというのだろう?
ジョンは知性を隠していたのだろうか?
生まれてこの方、誰からも愛されず生きてきたのだ
両親からも捨てられたのだろうか?
興業師に売られたのかも知れない
写真の中の母の美しさだけが彼の知る唯一の愛だったのだ
人間の尊厳を来る日も来る日も毎日否定されて育つことが、一体どれほどの苦しみだったのだろうか?
人間の尊厳を認められないとは、それはコミュニケーションを否定されることだ
それゆえに知性なぞ必要ではなかったのだ
知性が在ることを伝えても誰からも取り合ってはくれないのだから
だからジョンはトリーヴス医師も最初は何も信用していなかったのだ
なんという深い絶望なのだろう
人間でいる必要がなかったのだ
人間であると思ったら生きてはいられなかったのかも知れない
自分に知性があるのかをトリーヴス医師と院長は知りたいのだと理解したとき、彼は人間に立ち戻ったのだ
生まれて初めてのコミュニケーションの成立だったのかも知れない
トリーヴス医師もまた、彼とコミュニケーションできたとき、彼は人間であることを、今更ながらにして理解したのだ
そして恥ずべきは自分であると知ったのだ
エレファント・マン
それは奇形の人間の物語
見た目が異常だから差別を受けた
しかし外見ではなく、内面が少し変わっていても
いやそれどころか、どこも何も変わりもないのにイジメという差別をよってたかってする連中もいる
コミュニケーションを拒否する人がいる
親でさえ、教師でさえ、そういう人間がいる
その現実に絶望のあまり自ら命を絶つ人さえいる
死をえらばなくても、ジョンのように精神が衰弱していく人もいる
そこいら中にエレファント・マンはいるのだ
私達は病院の下働きの男や彼が引き入れた低劣な人々になってはいないだろうか?
自分が恥ずべき人間になってはいないだろうか?
相手を理解しようとするこころ
コミュニケーションを厭わずにとろうとする努力
トリーヴス医師のように自ら気づいて改められるのだ
遅いということはないのだ
「デヴィッド・リンチの映画」特集上映
偽善だとしても美しい
産まれつきの奇病により身体が奇形と化していた青年ジョセフメリックの一生を彼を支えた医師トリーブスら周囲の人々と共に描いたノンフィクション作品。
実話を基にした作品で、一部からは人の不幸を文芸映画風にしていると痛烈な批判を受けていたり、前作のイレイザーヘッドを観たのちに今作を観ると監督のデビッドリンチが異形のものを描きたかっただけではないのかなどの考えに行き着くかもしれないが、映画しては感動できるとても良い作品だと思う。
見世物小屋で晒し者の扱いを受けていたジョセフメリックが、外科医のフレデリックトリーブスに出会い、研究の名目で病院にて面倒を見てもらうことから始める今作。
顔面や身体の骨が異常なまでに突起し、唇は異常にめくり上がり発声もままならない姿であったが、聖書を熱心に読み込み発生の練習を独自に重ね、美しいものを見たときに感動する心を持っているなどの意外な素顔を見せていくメリックに研究対象以上の関心を持ち始めるトリーブスの関係が美しい。
メリックが世間的にも注目されていく中で、見世物小屋で働かせ賃金を稼いでいたバイツの懇願でメリックを奪還した夜警のジムに対して、トリーブスが怒りを爆発させたシーンは思わず泣いた。そしてその後ジムを殴り失神させた婦長に爆笑&さらに号泣笑。
メリックを学会で発表した功績で医師としての株と患者からの人気を得たトリーブスが結果としてメリックをバイツと同様に晒し者のようにしてしまっているのではないかという罪悪感に対して、メリックはそんなことを微塵も感じずにただひたすらにトリーブスに感謝している気持ちを表している対比でまた涙腺壊れた笑。
映像的にも題材的にももしかしたら映画化すべきものではなかったかもしれないが、とりあえずこの2人の関係性は美しい。
若かりし頃のアンソニーホプキンスの熱演もすごく良かった。
自尊心
自分も差別主義者なんじゃないか
この作品を観る前に身構えてしまった時点で、私達に無意識的にも誰かを差別する気持ちが根付いてしまっているんだと思う。100パーセント誰とも差別意識なしで接することができる自信はあるだろうか?と疑いながら鑑賞することになる。
差別される側も見た目とかじゃなく避けられる原因をもっていることもある。例えばこの作品のジョン・メリックはどんなに話しかけても最初はうまく応えてくれない。現実では、そこで大半は苛立ってしまうのではないかと思う。小学校などであるいじめも同じだろう。しかしその原因は彼が過去に知らないところで苦しんだことにあったりする。
反対に同情のアイコンとして見せ物にするのも本質を見失っているという葛藤もある。
軽率な接し方で誰かを傷つけていることを考えさせてくれる映画。
悲しい物語だった
子供時代に、ある種のセンセーションを伴って興味をひいた作品。しかし、子供の自分には恐ろしいエレファント・マンを見ることができなかった。
この映画がホラー作品ではないことを知ったのはレンタルのパッケージによる。
異形の人物に対する人間の様々な感情を描いているが、全ての人間がその全てを抱いている。すなわち、好奇、恐怖、憐憫、忌避、軽蔑。病院で彼を世話する医師や看護婦ですらこれらの感情からは自由ではない。見世物小屋から救い出されても、結局、ときたま人前に連れ出されて、人々の好奇と憐憫の感情を満足させることになるのだから。
そのことを最もよく理解しているのがそれらの感情の対象であるエレファント・マンなのだ。自分が社会には受け入れられない存在であること。そして、自分の安住の地は神の家である教会しかないことを彼は分かっている。
窓から見える尖塔をモデルに、紙の教会を完成させた彼が、「これですべて終わった。」という一言に涙が溢れた。生まれてから自分の為にやり通したことが紙の教会ひとつを作ることだけだなんて。
真の孤独がどれほどに残酷なものであるのか。たやすく思いやりだの、愛だのということがどれほど軽薄なものなのか。
今もTVをつければ、このたやすい思いやりが溢れている。
3.1
人間は強い。
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