「原作の予備知識がないと、ポーの高速回転する頭脳と推理結果に置いてけぼりを喰わされてしまいます。」推理作家ポー 最期の5日間 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
原作の予備知識がないと、ポーの高速回転する頭脳と推理結果に置いてけぼりを喰わされてしまいます。
ポー自身が、自らの推理小説の模倣犯とし対峙し、さらには謎とされている自らの死の原因を明かにしていくという点では、新機軸であり、どんな感じになるのだろうかと興味津々試写会に参加したのでした。結論から言えば、ポーが主人公なだけに、推理作家としての推理力を発揮する場面が多く、ラストの意外な犯人像と相まって、本格的な推理ドラマといっていいでしょう。但し、1時間50分とやや短めな尺の本作は、各シーンの展開が至ってスピーディ。事件の出典となる4つの原作の予備知識がないと、ポーの高速回転する頭脳と推理結果に置いてけぼりを喰わされてしまいます。ちなみに、小地蔵は、半分程度しかなぜそんな推理になるのか理解できませんでした。
さらに「Vフォー・ヴェンデッタ」をご覧になった方なら、あの近世を舞台としたミステリアスな雰囲気にはまった人も多いと思います。同じジェイムズ・マクティーグ監督が手掛けただけに「Vフォー・ヴェンデッタ」に優るボルティモアの怪しい闇夜を生み出していました。得体の知れない犯人像と相まってサスペンスの舞台としては、格別の映像を生み出していると思います。
それにしても冒頭に登場するのは、極貧に喘ぎ、酒と麻薬に溺れ、同時代の詩人や作家を罵倒してやまないポーの姿でした。酒場に立ち寄ってもツケを断られてつまみ出される始末。とても大作家のイメージから大きくかけ離れていました。ただ近代作家として、初めて専業にしたのがポーが初めてであって、雑誌社を相手に原稿料で生計を立てて行くにはまたまだ厳しかったのでした。
また極貧のなかで、愛妻ヴァージニアにろくな医療も施せず病死させてしまったことも、ポーが荒れる原因となったのだろうと思います。
『モルグ街の殺人』に酷似した殺人事件が発生。フィールズ刑事は当初、事件の元となった小説を書いたポーを疑い、警察に呼びつけます。それが気に入らないポーは、捜査の協力を渋々引き受けるのです。けれども犯人の予告通り、舞踏会で婚約者のエミリーが誘拐されてからは、別人のようにポーは事件解決に真剣になり、犯人を取り逃がしたフィールズ刑事にも捜査が手ぬるいと、噛みつくのでした。
警察の警戒厳重な舞踏会会場に、わざわざ犯人でございと突っこんでいく、犯人の陽動作戦はなかなか良かったと思います。ただポーがしっかりフォローしていたはずのエミリーが突然誘拐されたのは、いきなりすぎて、なぜなんだろうと理解できませんでした。
このあとポーとフィールズ刑事は相棒となって、協力し合いながら犯人を追い詰めていきます。後世の推理ものでは、刑事役は間抜けで無能が定番となります。しかし本作に登場するフィールズ刑事はクールで、イケメン。自分が犯人を取り逃したという責任感も強く、地道な捜査でポーに重要なヒントも提供したりするのでした。
けれども犯人から、エミリーが徐々に衰弱していることを告げられたポーは焦りまくります。その結果、何度も激高してフィールズ刑事と衝突するポーの、目ん玉をむき出しにして怒りをぶちまける表情が見物です。
本作は、単に意外な犯人の判明で終わらず、犯人と対峙したポーが愛する婚約者を人質に取られている弱みから、苦渋の交換条件を受け入れなければならなかったという悲劇的な結末で締めくくられます。愛する人と別離を選択するしかなかったポーの決断の結果は、淡々と語られます。エミリーも悲しみも描かれません。もう少し、悲劇性を強調した演出をして欲しかったです。
ネタバレは避けますが、犯人の特異な犯行動機はなるほどと思いました。
ポー役のジョン・キューザックは、なかなか本物のポー持つ雰囲気を出していて、平時の気むずかしさと激高するとき感情表現の落差は素晴らしい演技だと思います。