思秋期 : 映画評論・批評
2012年10月9日更新
2012年10月20日より新宿武蔵野館ほかにてロードショー
悪いとわかっていながら、どうすることもできない男女のもどかしさ
1974年生まれで、俳優として活躍してきたパディ・コンシダインが、アスペルガー症候群と診断されたのは36歳のときのことだった。ということは、それまでずっと原因もわからないままに、自分を取り巻く世界との溝やコミュニケーションの壁に苦しめられてきたことになる。
コンシダインのこの長編初監督作品には、そんな個人的な体験が反映されていると書けば、ジョセフという男のことを意味していると思われるだろう。確かに彼は、衝動を抑えられず、周囲に苛立ちをぶつけ、孤立している。しかしそれだけなら、労働者階級の世界を描くイギリス映画という枠組みに収まっていただろう。
この映画が掘り下げるのは、ジョセフと彼とは異なる世界で生きる中流の女性ハンナとの関係であり、信仰やアルコールに救いを求める彼女にも、間接的にコンシダインの体験が反映されているように思える。まずなによりも、自分の人生が悪い方向に向かっているとわかっていながら、どうすることもできない男女それぞれのもどかしさが、実に見事に描き出されている。
そんなふたりがどう変化するのかは、ジョセフのふたつの台詞を対比することで鮮明になる。彼は、ある犬について「動物は過度に虐待されれば反撃に出る」と語るが、ふたりも動物になるところまで追い詰められていた。しかし、お互いの痛みを肌で感じ、共有することによって、「信仰心がないのに自然と祈っている」と語るようになるのだ。
(大場正明)