劇場公開日 2013年6月8日

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奇跡のリンゴ : インタビュー

2013年6月4日更新
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阿部サダヲ&菅野美穂 “奇跡の夫婦役”で築いた新たな信頼関係

“神の領域”とまでいわれるほどに困難な“りんごの無農薬栽培”に成功した男がいる。その男の名は木村秋則さん。彼はなぜそんな偉業を成し遂げることができたのか。その鍵のひとつは、木村さんの妻・美千子さんが握っていた――。そんな“奇跡の夫婦役”に挑んだ阿部サダヲと菅野美穂が、本作に込めた思いを語った。(取材・文:山崎佐保子、写真:本城典子)

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「台本を読んで、『奇跡のリンゴ』を作った男を描いただけの作品じゃないんだってことが分かりました。それは『木村秋則が偉い』という話ではなく、周りの人たちが偉いってお話だったからです」。

そう阿部が語るように、本作は難業を成し遂げた男の伝記ではなく、彼と支え続けた家族の物語である。日本最大のりんご畑が広がる青森県中津軽郡で生まれ育った秋則(阿部)が、りんご農家の娘で幼なじみの美栄子(菅野)との見合いを経て婿入りし、やがてりんごの無農薬栽培に没頭していく。秋則が無農薬にこだわったのは、妻・美栄子の体が農薬によって蝕まれていたからだった。しかし、周囲からは無謀だと理解を得られず、失敗の連続で一家は極貧の生活を強いられてしまう。

阿部は脚本の何気ないひとつひとつのセリフから、秋則という人物を丁寧に読み取っていったという。「とにかくすごい人です。若い頃から何でもできる人だった。初めて自分の言うことを聞かないリンゴを許せなかったんじゃないかな。『俺があきらめるということは、人類があきらめるということだ!』っていうセリフがある。そんなことを言う男は相当強い人。相当な信念がないと言えないことだし、そういう尖ったセリフは立たせるように意識しました」と、秋則さん自身も「演技を超えて私になりきってくれた」と絶賛するほどの熱演を見せた。

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そんな秋則を、どんなことがあっても笑顔で支え続けた妻・美栄子(本名は美千子さん)を演じた菅野。木村さんの著書「奇跡のリンゴ 『絶対不可能』を覆した農家・木村秋則の記録」にもほとんど登場しない人物のため、演者の想像力が問われる役柄だ。「中学校の同級生同士で結婚したから、一緒に過ごした時間が人生の9割くらい。木村さんを長く知っている相手だからこそ、妻というものを超えて、旦那さんの悩みは自分の人生の問題でもあるという受け止め方だったのかなと、私なりに想像を膨らませて演じました。それに木村さんの魅力を一番知っている人は奥さまだから、一番笑ってほしい旦那さんのために『私は待ちましょう』いう感じだったと思う。実際お会いした奥さまは本当に内気な方で、一番苦しかったことや楽しかったことなども聞いてみたかったけど、それは不躾(ぶしつけ)な気がしました」。

そんな木村さん一家の苦悩に満ちた11年を、映画では2時間に凝縮して表現しなければいけない。阿部は、「本当に難しい作業です。映画では、木村さんの11年の膨大な日々の中の1日や1エピソード切り取ることしかできない。色々と考え始めたら、『できません!』と言っちゃいそうなぐらい」と頭を悩ませた。結果、シンプルに芝居への誠実さで勝負に出た。「木村さんの気持ちの流れの表現は、歩く速度でも変わる。普通に歩くのと、“かまどけし”(青森の方言で破産者)と言われた後に歩く速度は違う。そこで監督が、『そのトーンでしょうか? もうちょっと悩んでたんじゃないでしょうか?』とかアドバイスしてくださって。とても難しい芝居だったけど、監督とおしゃべりしながらお互いの意見をすり合わせていきました」。

菅野も、「すごく辛かったからこそ、木村さんは苦労話をしないんです。どこかほんわかとさえしている。きっと振り返りたくないくらいの苦労をされたから、今も前向きに生きていられる。震災後にいただいたお話だったので、最初は広い意味での東北へのエールになったらいいなと思っていたんです。だけど参加してみて、私自身が木村さんの生き方に元気をもらいました」。また、両親が岩手出身だという菅野は、「雪深い土地に生まれ育った人の強さ、“津軽魂”のようなものもあるのかもしれない。火が燃えさかるような感じじゃないけど、内側にこもる火のように、雪がとけなくても風が吹雪になっても変わらない意志の強さ。2人にその意志の強さがあったからこそ、こういう人生になったんだろうなって」と思いをめぐらせた。

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阿部と菅野の本格的な共演は、本作が初となる。菅野は、「阿部さんは演じる役のイメージでファンキーな印象があったけど、とにかく人見知り(笑)」と明かす。「随分前にテレビドラマでちょこっとご一緒させてもらった時の印象そのまま。だけど芝居の面では、たくさんビックリして引き込まれました。これは褒め言葉だけど、阿部さんは演技していても楽しくなさそうなの。毎日ちゃんと時間通りに来るし休まないけど、楽しみのためにお仕事を受けているんじゃなくて、何かもっと違うところで俳優さんとして仕事を受けているんだなって気がした。木村さんが11年間も鬱々と過ごした時間を、阿部さんは2時間に凝縮しなくちゃいけないからっていうのもあったと思います。でも、本当に楽しくなさそうだったよね?(笑)」

これには阿部も慌てて弁明。「笑いが絶えない現場だったけど、ずっと木村さんだったら潰れちゃいます。改めてすごい役をやっていたんだなと思う。それにゴールデンウィークの撮影の時、子どもたちに『青森遊びにくれば?』って聞いたら、『いい』って言うんだもん……」とうなだれていた。そんなせつない心理状態も、絶望の淵に立たされた秋則を演じる上でおおいに効果があったのかもしれない。菅野は、「まだ見せていない顔がたくさんある俳優さん。私は阿部さんありきの役だったから、改めて阿部さんに感謝。とても素敵な俳優さんと共演したんだなって思いましたよ」とフォローし、劇中同様、本当の夫婦のように笑い合っていた。

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