劇場公開日 2012年9月29日

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「なぜ初手から言うてくださらぬ」シネマ歌舞伎 籠釣瓶花街酔醒 Imperatorさんの映画レビュー(感想・評価)

3.5なぜ初手から言うてくださらぬ

2021年7月26日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

始まってしばらくすると、「花魁道中」の3連発が披露され、観客を楽しませてくれる。
台詞が聞こえないくらい、大音量の囃子が鳴り、華やかなオープニングだ。
八橋が次郎左衛門を見てわずかに微笑むシーンで、「待ってました」とばかりに拍手が起きたところをみると、劇場には「通」がたくさんいるらしい。
また、八橋の足下をアップで映すので、しなるような高下駄のダイナミックな運びを堪能できる。

この作品は、この出だしをピークとして、そこからラストに向かって、ただひたすら真っ直ぐに奈落へと落ちていくという、恐ろしい演目だと思う。
“心中もの”なら、男女の美しい最後とみることもできるが、本作のストーリーでは、救いがない。
歌舞伎界の悲劇好き、バイオレンス好きは相当なものだ。

勘三郎の“あばた顔”のメークは、えげつない。
劇場で見るとちょうど良いのかもしれないが、自分は「ちょっとやりすぎではないか」と引いてしまった。メークのおかげで、最後まで勘三郎の表情が読み取りづらかった。
(※)なお昔の写真を見ると、このメークは、少なくとも17代目勘三郎と6代目歌右衛門の時代からの伝統のようだ。

“間夫”の栄之丞は誰がやるのだろうと思ったら、なんと仁左衛門が出てきて驚いた。仁左衛門と玉三郎の名コンビを思えば、制作側の本気度が感じられる。

この作品の見どころは、言うまでもなく「女郎は客を騙すのが商売」という、八橋の残酷な不義理と、次郎左衛門の茫然自失だろう。
長大なキセルを右手に杖のように立てて、よく響く裏返った声で、「ぬしと口をききますのが、“わちき”の病に障りますのさァ」と、啖呵を切る玉三郎。
泳いだ目で悔し涙を流しながら、「濡れてみたさに来てみれば、案に相違の愛想づかし。なぜ初手から言うてくださらぬ」と絞り出す勘三郎。
これら天下の名優2人、それまでは今一つ乗り切れない感じで、脇役の方が目立っていたが、このシーンに来てさすがに大いに魅せてくれるのである。

脇役も、みな素晴らしい。秀太郎のおきつは、座を引き締めて見事だった。
勘九郎や七之助は、まだ駆け出しなのか、かなり若々しくみえる。

この作品で特徴的なのは、囃子のON/OFFが、演出に効果的に使われていることだろう。
八橋が身請けを拒絶して、一同驚いて口もきけなくなる場面では、囃子がぱたっと止んで、場が完全にシーンとなる。そして、鐘がゴーンと鳴って、三味線がちょろっと入る。
歌舞伎の囃子は、わりとシャンシャンと無造作に鳴っている印象があるが、こういうメリハリも効かせられるのかと感心した。

今回も楽しませてくれた「シネマ歌舞伎」であった。

Imperator