明日のレビュー・感想・評価
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めちゃくちゃで親愛なる明日
昨年の震災を機として制作された、もうひとつの短篇作品集を観終えたとき、本作が恋しい、改めて観返したい、と思った。『明日』は優に2時間越えであり、決して気楽に・一気に観ることはできない。正直、緊張感が途切れそうになったり、刺激の洪水に溺れそうにもなった。けれども、エンドロールが流れ始めると、「観きった…」という達成感に似た疲労と安堵の一方で、「まだ観ていたい…」という名残惜しさ、寂しさを感じた。それは、観終えて時間が経つにつれ、じわりじわりと強まるようだ。 『明日』には、さまざまなテーマが乱雑に詰まっている。喜怒哀楽、涙も笑いもめいっぱい詰まっている。3分11秒という枠からさえはみ出し、壊しかねない勢いがある。めちゃくちゃなのに、どこか繋がりがある。それこそが、映像から踏み込んだ「映画」なんじゃないか、と思う。 もうひとつの短篇集を観たとき、一つひとつが珠玉でも、ストーリー性が弱い作品の連続は体力的に辛いのかもしれない…と感じた。同じ3分余りでも、起承転結がある方が先ずとっつきやすい。 それでいて、『明日』の「サイタマノラッパー(入江悠監督)」は不思議と忘れ難い。ひたすらトム(演じるは仙台出身の水澤紳吾。ちなみに、彼は仙台短篇映画祭’10のTシャツを着ている。)が、草ぼうぼうの原っぱでラップする。身をよじらせながらネバキブアップ!と叫ぶ。ぱっと見、カッコ悪い。ちっぽけな存在、ありきたりの言葉。でも、凝視せずにはいられなかった。いつの間にか、そこに込められた力強さに、胸が熱くなった。 40余の明日とともに、これからやってくる無数の明日を迎えられるのは、とても幸せで心強いことだ。
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