この空の花 長岡花火物語のレビュー・感想・評価
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「野のなななのか」と対になる作品
関西公開初日に観て以来,その後何回か劇場で観てる.良くも悪くも評判聞いていたが、予想のはるか斜め後ろの虚数倍を行く、もはやフィクションなのかドキュメンタリーなのか、映画なのか。大林宣彦作品らしく好き嫌いはっきり分かれると思うが、これは観とくべき.
CGで何でも可視化できる時代に「声(言葉)」の映画と事実上宣言する潔さ.想像力こそが人の知性として「想像しろ」という強烈なメッセージが,「3.11にショックを受けた」と言って次々に東北にカメラを持ち込んだ凡百の監督たち(e.g. 園子温)とは一線を画している.
みんなが爆弾なんかつくらないで、きれいな花火ばかりつくっていたら、きっと戦争なんか起きなかったんだな。
「時をかける少女」「ねらわれた学園」などの青春SF、尾道三部作、青春映画の至宝「青春デンデケデケデケ」…多くの名作で知られる大林宣彦。
実験的な作品やユニークな手法の作品も多く、本作はその類。
空襲。
模擬原子爆弾の投下。
中越地震。
幾多の人災や天災に見舞われた新潟県長岡市。
その一方で、東日本大震災発生時は福島県南相馬市の避難民をいち早く受け入れ、そして長岡花火が打ち上がる。
「長岡の花火を見て欲しい」という元恋人の手紙に心惹かれ、長岡を訪れた新聞記者・玲子は、不思議な体験をする…。
あらすじだけ聞くとドラマチックな内容だが、フィクション、ドキュメンタリー、演劇、一部アニメーション挿入などあらゆる表現法を駆使。
膨大な台詞の応酬、延々と流れ続ける音楽、説明的な字幕、突然カメラ目線で語りかける登場人物。
過去と現在が交錯、展開がめぐるましく入れ替わり、幻想的なタッチで160分の長尺を見せきる。
大林宣彦の意欲的な精神に圧倒され、見た後放心状態になるも、心地良い余韻が残る。
かつて長岡の空は、空襲や模擬原子爆弾の投下で、今も人々の脳裏に戦争の傷痕が残る。
その空に咲く花。
長岡花火は平和への祈りと願い。
人々の込められた思い。
長岡に空襲があった事を知らなかった。模擬原子爆弾の存在すら知らなかった。
しかし、決して忘れてはならない長岡の記憶。
松雪泰子、高嶋政宏、原田夏希、笹野高史、柄本明、富司純子ら豪華キャストの中、とりわけ印象を残すのが、一輪車の女子高生。
物語上でも不思議な存在なのだが、終始一輪車に乗り、まるで自分の足のように自由自在に操り、スッゲェ〜!
完敗。感涙。
ぶっ飛んだ傑作だと思いました。
この物語が事実に基づくこということが、
胸に突き刺さる思いでした。
震災と戦争という同じ悲劇を、交互に取り上げながら、本質と根本の違いをこれでもかと史実と独創的な映像世界で叩きつけられ、気づけば大号泣・•・。
参りました。
これまでにない映画体験でした。
ヘンテコな映画でもあったと思います。
この映画が世間的にはほとんど知られてないというのがとにかく残念です。映画好きでなければおそらくたどり着けないと思います。ぜひとも、学校などで放映し、多くの人の人生の糧になってもらいたいと思います。
長岡の花火観に行きます。
楽しい。
大林作品を見るのは初めてです。
鑑賞前、160分という長尺が若干嫌だったけど、これは面白い。
ぶっちゃけドコがイイとか、楽しいとかは分からない。
けど、これを見れば必ず感じると思うが、こんな不思議な作風は他には無いと。高嶋政宏さんの暑苦しくも清々しい演技、松雪泰子さんのカメラ目線での語り、この監督はドコまでがマジなのか。笑
ストーリーは少し悲しいかな。
とにかく一度見てほしい。不思議な気持ち良さに浸れる作品。
高嶋政宏さんの回想シーン、笑えます。
花火を見上げる気持がきっと変わるよな~
やっと観られました!東京での上映時に見逃していたので、何時観られるのか、心配でたまりませんでしたが、待った甲斐が有りました!今作も大林不思議ワールドストーリーでありますが、私は気に入りました!
私の個人的な好みなのですが、大林宣彦監督の作品はどの作品も普通にドラマが展開しないので、時間軸の異動が有るとか、急に不思議な人物が何処からともなく、飛び出してくると言うハプニングなどがあり、何処かが現実離れした、幻想の世界が展開するのだが、今回の「この空の花」も、少しばかりドキュメンタリータッチの映画でありながら、急に過去の人物が出て来るなど、相変わらず不思議の国大林ワンダーランドは花盛りって感じ、しかも今回の作品は、内容が幾重にも連歌のように重なり相互で関わっているのだ。
確かに、今自分達が生きている時代の前には、過去の歴史的な時間が存在していて、その現実が、必ず今に影響を及ぼしている現実を考えれば、大林監督の描かれる作風が有っても決して可笑しくはないのだが、現実的なリアリズム主義の映画展開でなくては納得出来ない方には正直この作品は向いていないかも知れない。
しかし、本作は長岡の花火の歴史に端を発してはいるものの、今日の日本にとってとても大切な問題である、原発による内部被爆の危険性などを、広島・長崎に落とされた原爆の問題から考え、そして長岡が原爆投下の予行演習の爆撃を受けていた歴史が有ったと言う事実をこの映画で知った。更に他にも多くの原爆投下予定地が有った事など、今迄中々知る事が無かった歴史が紐解かれて行くが、これは単なるそれらの事実を告げる反戦映画では決して無いのだ。今では戦後70年近く経過している為に、一般には戦争は過去の出来事と普通は思いがちだが、被爆者の内部被爆の問題などが有り、被爆者2世3世とその被爆の被害が現在も続いているのだ。戦争は決して終結しているとは言えないのだ。そして原発の問題となると、軽く扱う事が出来ない代物ばかりなのだ。そして今ではとても有名になった長岡花火大会だが、その花火に込められた、人々の平和への祈りの気持ちの歴史、花火にまつわる歴史的背景を知る事で見えて来る、長岡の花火を通じて展開する、新たな未来への試みの可能性と希望、そして震災と復興という現実の大きな未解決の問題も含めて、日本人は一体自分達のこの歴史的現実と今後どの様に関わって生きていくべきか?
花火と言う、火薬、同じ火薬が、人を幸せにする花火になる一方で、同じ火薬が、人を傷つける事も出来る兵器とする事も出来ると言う、人間の自由意志の選択に託された、科学と資源の利用の在り方を問う、問題作品とも言えるのです。
2時間20分と長尺で観る方も大変ですし、扱っている問題も、どれも本当に私達の生活に密着した大切な問題なのですが、目に見えない被爆の問題などは、つい日常とかけ離れた問題と考えがちで忘れがちですが、私達日本人の一人一人が今後考えて行動して行かなければならない大問題を投げ掛けています。
暗い夜空にパーッと花開く、幻想的な大輪の花火の美しさは、まるで、人類の、宇宙の歴史の中に花開いた、束の間の一瞬の、人の一生の時間のようですよね。だから、人は花火の中に、命の儚さを観て取り感動を憶えるのかも知れない。じっくり観て欲しい作品です!
出来る事なら、1度きりでは中々この映画で扱われている作品の内容を総て深く考える事は出来ないので、私はまた2度3度と観て見ようと思う。
埼玉県にある深谷シネマにて…
大林監督が映画館に来館され、イベントで長い時間お話しをして下さった。高林監督がお亡くなりになられた日に、埼玉県までイベントの為に…凄い事だと思う。
サインを貰うのは2度目だった。また[草の花]の映画化をお願いした。また監督は『[草の花]ねぇ〜』と懐かしいモノを思い出すような目をして、握手をして下さった。
大林監督の作るモノを極力リアルタイムで観て来た私にとって、やはり[草の花]こそが大林監督の集大成となって欲しい。
しかし、今回の作品も充分その可能性を秘めた傑作である。
大林監督の作品の中で消化するのに一番時間が掛かる、終わらない映画となっている。この映画を過去のモノにしない努力をしていかなければならない。
地震、原発、そして戦争…それに立ち向かう為には、少しの勇気があればいいのだ。勇気こそが、今の日本に必要なアイテムであり、この映画を愛せる唯一の方法だ。
観れば観るほど味が出る日本人必見の物凄い映画
”転校生”、”時をかける少女”の大林監督作品。新潟県長岡の空襲で死んだ赤ん坊が18歳の女子高生”花”として現代に甦り、長岡花火の夜、「まだ戦争には間に合う」という演劇を上演。戦争を知らない現代の人々にその悲惨さを伝え、またやって来るかもしれない次の戦争への警告を投げかける。
はっきり言って物凄い情報量!旭日小綬章受賞後、そして大病後の大林監督の"映画への"そして"戦争を忘れぬ"という思いが"長岡”という素材を使ってふんだんに表現されている。幹となるストーリー(フィクション)はあるが、その枝葉についた情報はまさにドキュメンタリー。戊辰戦争から、太平洋戦争、中越地震、東日本大震災、そして撮影が始まる直前の花火大会会場を滅茶滅茶にした未曾有の豪雨まで、長岡の歴史、記録がそのまま詰まっている。この"セミドキュメンタリー"という形をとりながら、通常の映画の5、6倍もの数のカットを使い、その情報量をこなすため、コミカルなカット割り・テロップなども屈指、劇中劇あり、カメラ目線あり、某脳科学者の理論?も取り入れたサブリミナル効果?張りの、高嶋政宏さんの言葉を借りれば"若手の映像作家も舌を巻く"実験的な作品なのである!!
物語は、大林監督自身の長岡での感動体験(監督自身"長岡ワンダーランド"と呼んでいる)を、天草の新聞記者玲子(松雪泰子)に追体験してもらっている。そして観客もこれに乗る。最近の映画で言えば、惑星の原住民との生活を観客と一緒に体験する形でヒットした「アバター」。物語最後の"花"は「時をかける少女」の甘酸っぱいラストとも重なる。軸となるストーリーは緻密で、無駄なところはほぼ無いのでは。伏線の張り方では例えば「バックトゥーザフューチャー」。だが伏線どころか、監督曰く「論文を読み解くように」観れる作品でもある。
で、問題はこの映画をどう観ればいいか。大きく分けて2つ。ひとつはフィクションのストーリーをメインに捉え、細かいドキュメンタリー部分は"場面"をまとめて捉え中身までは深入りしない。4、5時間掛かる内容を2時間40分に凝縮しているため最後まで集中力が続かない恐れがあるのである。そしてもうひとつの見方は徹底的に細部まで理解することに挑戦する!ではどっちで観るか。楽しくなければ始まらない、と思えば前者であるし、とことん理解して「学び」「謎解き」を楽しんでやろう、と思えば後者。但し後者の場合1度では無理。監督自身も「8回見て・・」(!)と述べられている。しかしながら何度観てもその度に新たな発見があることだろう。例えば"花"はなぜ今現れたのか?映画の中に答えは隠されていた。私自身、2回目に気付いたのであるが・・。
まだ間に合いますか?
大林監督の映画で有名なのは「時をかける少女」などの、いわゆる尾道三部作などで、日本の街の原風景や出演する若手俳優の聡明さや魅力をうまく表現する監督というイメージが自分の中で強かった。
なので当初、同監督が長岡花火をテーマに映画を作ると聞いて、「時をかける少女」っぽい映画で、長岡という街の魅力を存分に引き出すような映画になることを大いに期待していた。
しかし、"「時をかける少女」っぽい"という意味では全く期待を裏切られる。
展開は演劇をテーマにしているだけあって、
俳優のカメラ目線や台詞の言い回し、字幕の活用も含めて、
まさに演劇風にすすんでゆく。
そして長岡花火の歴史を通じて、
災害、そして戦争などの人災について、
人間はどうあるべきなのか、
という重いテーマが投げかけられる。
「まだ戦争には間に合いますか?」
キーワードは想像性。
この映画に対してもその想像性が多いにためされているなと感じた。
冒頭で監督は、
この映画は「年寄りから若い子どもたちへ捧げるメッセージ」としている。
(さらに言えば最後は監督自らナレーションまでしている。)
残念ながら、これを観た日の映画館内の観客の平均年齢は、時間が早かったことも手伝ってか、優に70歳を超えており、いちばんの若者は僕くらいだった。
たしかに3Dでなくていいし、サラウンド映画でなくてもいい部類のものなので、映画館でみなくてもよい映画なのかもしれないが、
映画のながれる場所は関係なく、
できるだけ多くの人(次の世代のわかい人たち)に見てほしい映画なのだろうと感じた。
期待通り、
よりいっそう長岡という街の魅力を感じる一本なことに間違いはなし。
そして何より、久石譲さんの音楽が一定の力を持って波動のように心に沁み入り、そして震わせられた映画だった。
星は映画を観た後にまで残るこの映画への期待や自らの居住地のバイアスをかけて4.0。
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