ファイナル・ジャッジメント(2012)のレビュー・感想・評価
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オウラン人民共和国に
いきなり日本占領されると言う突飛な内容。
宗教ネットワークで日本を解放していく。
政党のプロパガンダ映画としての役割は充分果たしていると思うが無料で見せている話もある位だから、興行でやりきるつもりはなかったと思う。
ただ、あのやり方で世の中が救われるとは到底思えないし、このやり方で見せると信者の方ばかりになるのでは?
安直すぎるラスト
「幸福の科学」が制作した映画と言うことで、一種「怖いものみたさ」感覚で観に行った。
冒頭「未来維新党」の選挙演説で主人公が「隣国(オウラン国)がいかに危険か」を訴え、「危機感を持ってその時(侵略)に備えよう」と説くところは、政治映画のような感じだったが、その後突如侵攻してきたオウラン国に日本は易々と占領されてしまう。ただこの部分は自衛隊との戦闘シーンもなく、政府が受け入れた描写もなく、あまりに説明不足である。
私は数年前の中国で反日デモが吹き荒れた時、新聞で参加者の一人が「原子弾滅日本」と書いたプラカードを持った写真を見て「少なくともこの若者は本気でそう思っているのか」と少しショックを受けたが、本当に撃ってくるなどとは思っていない。
オウラン国は宗教を認めておらず、各宗教の関係者は次々弾圧される。その後主人公はレジスタンスに加わり抵抗運動を始めるが、様々な出来事や出会いを経てより強い信仰に目覚めていく。
映画の中では宗教の素晴らしさや必要性が描かれ、「世界中でテロや天変地異が頻発するのは、人類が信仰心を無くした結果だ」みたいなことが言われるが、天変地異はともかく現在のテロの大部分は宗教的対立がそのバックボーンにあるのだから、説得力はない。
後半はレジスタンス運動が「主人公の素晴らしい演説を世界中に発信する」ことに置き換えられ、オウラン国兵士の厳しい(?)監視の目をかいくぐり、成功する。ラストの演説は「世界は一家、人類はみな兄弟」、「大いなる神の愛を受け入れて平和な世界を築きましょう」みたいな、まるで学生演劇のような耳触りの良さである。それをオウラン国の兵士はおろか、世界中の人々も頭を垂れて受け入れて、地球は平和になりました、みたいなテロップでめでたく終わりとなる。
演説の中身は正論で、誰も反論はできないだろうけど、こんなありふれた演説ひとつで皆が争いをやめるなら、戦争なんかとうの昔になくなっている筈で、全く深みが感じられない(大川隆法はこの主人公に自分を投影しているのだろうと思うけど)。
多分「幸福の科学」信者以外の人がこれを見ても、あまり得るものはないのではないか。
テーマ性は良く、メッセージは伝わって来て悪くは無い!されど映画の出来としては最悪
この映画は、ある新興宗教団体が近未来の日本の姿を予言し、今のままで、日本人の意識が少しも変化しないで、この間の状態で、今の生活を継続していたなら、日本はきっと他国に軍事的に支配され、植民地化されてしまうと言う日が来ると言う事を、1つの可能性として有り得る事だと、これからの日本に起こり得る可能性の一例としての世界観を描いている。これは平和ボケをしていると言われる我が国日本で、今の政治状況を観ていれば、何処かは解らないが、他国に軍事支配されてしまうと言う事も確かに1つの可能性としては決して有り得ないお話で有り、根も葉も無い妄想と笑い飛ばす事などは出来ない近未来の姿であると思う。
しかし、冒頭のシーンの後の選挙事務所でのシーンなど、高校生の演劇部(決して高校生が悪いと言っているのではない)の芝居を見せられている様な、演技慣れをしていないキャリアの無さそうな、下手な芝居を見せられるのには全く開いた口が塞がらない!
そして、軍事侵略を受けた日本、東京渋谷の街の上空を他国の軍用機が大爆音と共に低空飛行するシーンも迫力が有り、これから、どんな事が起こるのかと期待して画面を見つめると、その後は殆んど、強制的軍事支配による日本人弾圧シーンなどは殆んど無い。
これでは、いくら近未来の姿を描いているだけの事で、現実の事では無いのだから、どんなに凄惨なシーンを描こうとも観客の人々は、映画は映画であり決して人々は、現実の出来事で無い作り事なので、リアリティーが無くても良いし、その様な悲惨なシーンは不必要で描く事など無いと作者は考えているのかも知れない?が私はそうではないと考える。
映画の描く映像世界の劇中では、これは実に起こっている出来事なのだから、日本人の10分の一位の人々が惨殺されてしまう様なシーンが有っても不思議ではない。近未来ディザスター映画として描くなら、「ザ・ウォーカー」の様に廃墟と化してしまう街や、捕えられ拷問を受け、殺されてしまう人々が出て来なければむしろ不自然である。
話は変わるが、宗教と映画は決して水と油では無い。映画の中で表現され、近未来や或いは救世主や、或る宗教の開祖の伝記映画などはこれまでにも多数映画製作されて来ているので、この様に「ファイナルジャッジメント」と言う映画が製作される事は決して悪い事では無い。以下にこれまでに描かれて来た宗教絡みの映画の一部を列記したい。「天地創造」「十戒」「ベンハー」「最後の誘惑」「偉大なる生涯の物語」「ジーザース・クライスト・スーパースター」「パッション」「ミッション」「野のユリ」「聖処女」「ジャンヌ・ダルク」「聖メリーの鐘」「我が道を往く」「ダヴィンチ・コード」「尼僧物語」「マザーテレサ」「ルルドの泉」「ブラザーサン・シスタームーン」「司祭」「フランチェスコ」「汚れなき悪戯」「ドグマ」「父帰る」「処刑人」「エクソシスト」「オーメン」「キャスパー」「ザ・メッセージ」「ブッダ」等々多数ある!
もし本当に、軍事支配が起これば、先ずこの様な映画を制作すると言う言論の自由が奪われるのは確実の事である。今の日本はまだまだ世界的に他国と比較するならば、人々の自由が保障されている素晴らしい国である。人々は人それぞれに役目を持って誕生して来た
と言う考え方も決して可笑しな話では無い!
むしろ、「がんばろう!日本」「目覚めよ日本人!」「立ち上がれ日本人」とエールを送っているこの映画は決して予想していたより悪くは無い作品だった。自分らしく自己の役割に立ちかえり、自己の人生をより良いものする為に、真剣に生きようと言うメッセージは力強くて良い!
日本にも、自己の利権の欲に凝り固まった政治家ばかりでは無く、もっと国民の生活の安定を図り、国民にとって暮し易い国日本を、我が国日本の復興を推進してくれる良き政治家の出現を願って止まない。しかしその政治家を選出するのは、国民だ。
その国民一人一人である私達が、決して自己を過小評価せずに、自己の役割を認識し、責任有る行動をして、自己の人生を大切に生きていかなくてはならないとこの映画を観て考える。
この映画のテーマ性は、やはり大きいし!メッセージとして決して悪くは無かった。しかし映画として表現方法が中途半端である事はとても残念な作品だった。
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