シン・エヴァンゲリオン劇場版のレビュー・感想・評価
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キャッチコピーどおり、やっとエヴァが終わった
キャッチコピーどおり、ようやっとエヴァが終わったんだなという作品だった。一部謎なところは残ってるけど、いちいち考察してもしょうがないというか、謎は謎のまま残しておく(というか完璧な解はたぶん監督の中にもない)のがエヴァなんだろうと思うのでこれで終わりでいいと思った。投げっぱなテレビ版からするとちゃんとしたハッピーエンドに進化してて感慨深いし、各キャラもちゃんと救われてて、四半世紀続いたエヴァの呪縛から観客を解放してくれるいい結末だったと思う。
旧劇とかと比較すると、やっぱりゲンドウとミサトさんがかなり救済されててよかった。ゲンドウの独白はコミック版でもここまで詳細には描かれなった部分だし、息子との和解、ユイへの思いを自ら終わらせてたし、ラストはゲンドウとエヴァがまた復活することがないよう念入りにとどめ刺して成仏させてたように感じた(笑)。スターウォーズ同様ホントの主人公は父親のほうだったんだなあと思うと、もしスピンオフがあるならゲンドウとユイの出会いと離別が話の中心になりそう…。ミサトさんはQまでだと問題の元凶みたいなとこあった(笑)けど、あの世界の大人代表として立派に責任とったし最後に名誉挽回した感じ、欲を言えば生き残っててほしかった。
ラストがマリエンドというのに困惑する感想もあるけど、ラストを必ずしも恋愛関係と捉える必要はないと思う。キスシーンもなければ子供が出来てるわけでもないし、ただ仲良さそうに新しい日常に一緒に踏み出してるだけ。そもそもテレビ版・旧劇に出てこないマリの存在がループする世界から新劇の世界線へ導いたわけで、物語のメタ的な視点ではマリエンドになるのは妥当。綾波エンドやアスカエンドを望んでいるのはエヴァの呪縛から逃れられない観客だけで、アスカも昔は好きだったけど大人になってしまったと言ってるし各キャラはみんな大人になってしまって、観客だけが長い時間の中に取り残されてんだなと感じる(笑)。アスカはなんでかケンスケとくっついててもうちょっと経過とか描写がほしかったけど、ケンスケが加持さんポジションに見えたのでそこまで違和感はなかった。もやもやするところとしては綾波はアレで救済されたってことでいいんか?とかあるけどまあ一区切りはついたのでいいんじゃないだろうか。
完全に謎がスッキリ、感動の涙が止まらない!スタンディングオベーション!!って感じではないけれど、総じて四半世紀のもやもやに一定のピリオドが打たれたと思うので自分はこれでよかったと思う。監督・制作陣も観客もホントお疲れ様でした(笑)、静かに拍手を送りたい、そんな感じの映画だった。
サヨナラはまた会う為のおまじない。
まずはヱヴァンゲリオンに関わった全ての人に感謝
そしてお疲れ様です。
シンヱヴァンゲリオンを公開にあたって
おめでとう(*’ω’ノノ゙☆パチパチ
全てのヱヴァンゲリオン作品にありがとう(*^_^*)
今作は去年公開予定でしたが
新型コロナの影響で二度の延期に(。´Д⊂)
新劇場版Qから9年くらい💦
映画は完成してるのにまだ待たせるのかって感じでした。
1月の緊急事態宣言で延期が決定した時は、
「共にこの困難を乗り越えましょう」
で我慢しました
3月8日に公開が決定しました
以外に早いΣ(゚∀゚)
てっきり公開は今年の夏頃かと(笑)
自分は公開初日に観に行きました\(^_^)/
そして2回観に行って来ました!
ネタバレ有りで勝手に感想を書くよ。
まだ観てない人はこれを閉じて映画館に行こう((o(^∇^)o))
自分はエヴァに関しては
東京で当時TV放送してた頃から見てました。
当然地方には放送されてないよ💦
仲間の知り合いでTVのダビングを見せてもらった
それがエヴァとの初の出会いでしたね♪
それからTV、映画に何度もみました。
今作はシンヱヴァンゲリオンは、
何故、最後はマリ(/ロ゜)/
シンジは綾波が好きではないの?
間違いなく新劇場 破まではメインヒロインは
綾波だったと思います。
それなのに最後はシンジとマリが手を繋いで行くシーンがΣ(゚∀゚)
アスカは使徒になったからね❗
綾波は新劇場 Qではシンジ対して冷たいしね❗
マリはシンヱヴァンゲリオンではシンジを見つけて迎えに来たからね(*^_^*)
今作はシンヱヴァンゲリオンでは真希波・マリ・イラストリアスが
メインヒロインだと思う、一番活躍したと思う。
ゲンドウが人を捨てて使徒になったのかな?
ミサトさんは最後旗艦AAAヴンダー共に死んだのかな?
アスカのオリジナルは13号機に乗ってたって事?
色々訳分からない所があるけど、
最後はシンジが三本目の槍ヴィレの槍で
ヱヴァンゲリオンのない世界を作り替えたって事かな?
色々間違ってたら(´。・д人)゙ゴメンヨ
今作は、前作の映画Air まごころを君に
に似てるところがありますね
Air まごころを君にではシンジの心の補完だけど
シンヱヴァンゲリオンではゲンドウ、アスカ、カオル、綾波の心の補完
だと思います。
ついにヱヴァンゲリオンという作品が終わりを迎えましたね
「サヨナラはまた会う為のおまじない」
庵野秀明監督がシンウルトラマンを作ったら
破とQの間の作品を作って欲しい((o(^∇^)o))
何かの形でまた新しいヱヴァンゲリオンに会いたいですね(*≧∀≦*)
テレビシリーズと違うもうひとつ終わり方
やっと公開・・・・と言う事で早々に見てきました。
今回も緊急事態宣言の延長で再度公開延期かと思っていたけど・・・「鬼滅の刃」が公開してヒットを飛ばしているのだから、「エヴァ」も公開しろよと思っていたらやっと公開しました。
「エヴァンゲリオン」だけは、ファンも多いし、それぞれの人が色々な想いで見ていると思うので、これはあくまでも私が見た観点からの感想。
本作品、テレビシリーズでの終わり方や、テレビシリーズでの謎などを含めて本作品で色々と完結に向けてお話を作っている勘があるかな・・・・
しかし、だからと言って、毎度のように分け分からないけど面白く出来ています。
さすがに本作品は長いけど・・・・・
しかし、東映と東宝のロゴマークを一緒に入れて公開とは凄いね。
結局、テレビシリーズも含めてひとつだけ言ってしまえば、碇ゲンドウが、奥さんである碇ユイに会いたくて人類を巻き込んだ人類保管計画を起こしたんだろうなと・・・・
また、庵野秀明さんの遊び心と言うか、最初のパリを舞台にしているシーンは、「ウルトラマン」のリスペクトなんだろうと思った。
「ウルトラマン」の科学特捜隊って、パリに本部(なぜ、パリが本部なのか、普通なら、ニューヨークとかだろう)があるだろうからパリを舞台にしたんじゃないかな・・・・他にも「宇宙戦艦ヤマト」などのリスペクトも同時に入れているような、我々世代から考えるのなら、そう言った想いがあるのではないかとみてけど・・・・
しかし、「シン」になってこんなに待たされるとは思ってもいなかったな・・・・
「1作目」の公開時は、新宿ミラノ座がしっかり有ったもんな(基本2作目も有りました)、1作目も2作目も新宿ミラノ座で見たから、それを考えるのなら、随分月日が流れたよな・・・・
1作目2作目はビスタサイズだったのが、Qからシネスコープになったのは何か訳でもあるのかな・・・
ま、テレビシリーズの終わり方で不満を持つ人や、もう少し分かりやすいように、今回少々アレンジして、もうひとつエヴァを作ったと思えば、このシリーズも有かと思う。
これで、終り、本当に終わりして貰いたい・・・・
いずれ、ソフトになったら一気見するのを楽しみにしよう。
さよなら、エヴァ‥ありがとう‥
この作品を鑑賞して思ったことは、まず新劇場版シリーズを完結まで導いた全てのスタッフとキャストに感謝と敬意の気持ちでいっぱいです。
パンフレットにも記載されていました通りアニメーションの面白さを様々な形で取り入れていてストーリーや映像作りはどれも興味深く、9年間待った甲斐がある程の出来栄えでした。
良かったシーンはヴンダー艦隊戦と初号機VS13号機がとても印象強くワクワクさせられた。
そしてなによりシンジが一人の男として成長した姿が描かれていてとても感動できました。
【総合評価】
エヴァシリーズを観てきた者としては、エヴァらしさが素直にある納得する終わり方だったので個人的には大満足。日本のアニメーションにまた一つ名を残せる素晴らしい作品に仕上がっているんではないかと思います。
完結しました。
70%の理解でも十分満足
とりあえず皆で行こう!
一時は(ずっと?)どうなる事かと思ったが、無事完結。まずはそこを寿ぎたい(笑)
『Air/まごころを、君に』の経験が生きてるというのが最初の感想。
性急になりすぎず、エンタメとしての爽快感を維持しながらテーマに切り込んでいる感じ。
映像の素晴らしさ、セルフオマージュの巧みさは流石。
大げさでなく、日本アニメ史に残る名作が生まれたという事だろう。
とはいえ、TV放映時から追いかけてきた自分個人としてはモヤる部分があったのも確か。
もちろん、積年の「思い入れ」があるので「何を出されてもモヤる」可能性が高いのは自覚しているが…綾波の扱いはもう少しなんとかならなかったのか。
綾波に関しては『序』『破』の流れとの乖離を感じてしまうなー
あと、「1000人レベルの共同体で農業」って!(笑)
「理想郷」のビジョンがそれなんだーという脱力感はあった。
正直、あの辺の展開は(必要性は理解できるものの)苦痛で、「このまま終わったらどうしよう…」と不安を抱きながら見ていましたよ、もう。
この辺は完全に個人的な趣味問題なので、評価には関係ないと思うけど。
最後に、
一言でいうとマリの映画だった!(笑)
この辺りは庵野監督の誠実さの表れだと思って高く評価してるんだけど、僕は。
既存のキャラだけではエヴァは終われない、似た結果になってしまうから、今までにいなかったタイプの個性を投入するという事でしょう。
実際、コアメンバーであるシンジ、アスカ、ミサトの行動はTV、『Air/まごころを、君に』、あと本作で大筋は変わっていないのだから。これはスゴイことだと思うのですよー
終わってしまったんだなーという虚脱感
ネタバレなしで書くのは難しいんで内容には一切触れませんが、
前作のQに引き続きの難解なストーリーと専門用語の波。
にわかな方なので、ざっくりなストーリーしか把握してないんだと思う。
とりあえず、こういうシリーズ物の感想にはこれから観る人へのアドバイスとして毎回書いてますが、
こないだやってた金曜ロードショーのシン劇場版3部作だけでなく旧劇場版やTVアニメシリーズなど予習できるものは予習して置くと幸せになれると思います。
ただ、序・破・Qについては最初に「これまでのエヴァンゲリヲン」という振り返り映像が流れるので一度観たけど忘れてるなーくらいなら免除可能かも。
上記のように理解していない部分は多々あると思いますが、
理解したのは、本当にエヴァは終わってしまったんだなーという虚脱感。
Qでは語られなかった他の登場人物のその後も語られます。
そういう意味ではスッキリして、そういう意味ではモヤモヤする作品でした。
スタッフ・キャストの皆さん、ありがとうございました。そして、お疲れさまでした。
今作を見る前に、『序』・『破』・『:Q』・『Air/まごころを君に』、を改めて映画館で鑑賞したうえで初日に4DXで観に行きました。最初観終わったとき、「庵野監督はやっぱりすごいなぁ。でもうーん、よくわからんかった。」という感じで、別の日にもう一回見に行きました。
二回目はIMAXで鑑賞しました。一連の流れはわかっていたので余裕をもって鑑賞しました。それでもよくわからなかった。そして14日に再びIMAXで鑑賞してきました。三回目はパンフレットを読んだうえで鑑賞しました。パンフに書いてあるところを注意して観てみるとアニメーションの迫力や声優さんの演技が一段と熱が伝わりました。
結論として、やっぱり庵野監督はすごい人だなぁと改めて実感できました。前半は日本の原風景中心で田植えや銭湯といった、第三村の生活環境が詳しく描かれており、今までのエヴァとは雰囲気がガラッと変化していました。農作業しているレイや成長したケンスケとほぼ全裸のアスカが同居していて、新鮮な気持ちで観ることができました。
個人的にお気に入りのシーンはシンジくんがルアーのリールを巻いているカットが好きです。ルアーのハンドルが回転している描写がものすごく滑らかに表現されています。必要のないカットだと思ったけど、総監督のこだわりが伝わってきました。
後半は庵野ワールド全開、といった感じではないでしょうか。戦艦同士の砲撃戦や特撮がふんだんに盛り込まれており、総監督の趣向がエヴァの世界観とうまく調和していました。個人的にはミサトさんの部屋でエヴァ同士の戦闘がかなりツボにはまりました。
この後に起こる最後のインパクトに私は最初ポカーンといった感じで呆然し、最後にはシンジくんが線画になったときは頭が混乱しました。三回目観たときはシンジ君はあの時、自分の存在が消えると分かったうえでの行動だったと考えました。
そして、最後にシンジ君は「他者を信じる」ことができ、成長した姿を見られてホッとしました。
正直エヴァを全く知らない人がこの作品をみてもよくわからないと思います。でも25年の歴史が詰まった映画なので、初見の人でも一度は見てほしい作品です。
つい最近Dolby Cinema版を観てきました。正直IMAXを超えています。線の一本一本が鮮明で色鮮やかなアニメーションでビックリしました。ケンスケのメガネが意外と分厚かったり、作中の文字がクッキリと見えて観やすい!!サウンドも申し分なし、シン・エヴァでDolby Cinemaのすごさがわかりました。ありがとう、エヴァンゲリオン!!
君の名は。を認めているというメッセージが含まれているのでは?
面白かった、いや面白かったと言わざるを得ないだろう。100点満点で採点すると、86点となった。これは自分基準で★4.5(★5が最高)となる。
感想に入る前に、目次と自分のエヴァ視聴歴および『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』(以下、『シン・エヴァ』)について参照した情報を書いておきたいと思う。
まず自分のエヴァ視聴歴であるが、「旧エヴァTV版」はなぜか最終話だけリアルタイムで見て、20年後に9話くらいまで(シンジとアスカが初めて共闘し、息を合わせて使徒を倒すところあたり)見た。「新劇場版」の『序』は半年前の2020年夏ごろ、『破』・『Q』は公開直前である2021年3月6・7日に視聴。そのため「旧劇場版」は未視聴であるし、漫画版も未読である。
次に参照した情報について書くと、映画本編以外ではパンフレットだけである。
では目次を以下に記す。なおこの感想は、全体で5000文字ほどである。
1.採点と内訳
2.『新世紀エヴァンゲリオン』として伝えたいこと
3.役割的な意味での「マリを追加した理由」
4.旧エヴァからのファンへの真なる感謝(≠ファンサービス)
5.もし次に庵野秀明に語ってほしいテーマがあるとすれば、それは「認め合う事」
6.『君の名は。』を、つまり新海誠を認めているというメッセージ
かなりの文章量であるため自分として重要な段落を書くなら、「1、3、6」となる。
1.採点と内訳
最初に書いた86/100点の内訳を記す。なおこの配点は自分が映像作品を採点するときに用いているものだ。(ちなみにこの配点での最高点 = 自分が一番好きな映画 = 『君の名は。』は95点である。)
■『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』86点
物語:14/20
人物:19/20
音楽:15/20
演技: 5/ 5
哲学: 5/ 5
主題: 5/ 5
映像: 5/ 5
総合:18/20
▼物語基礎点:15(かなり良い)
全体としてわかりやすく作られていたと思った。自分がエヴァに抱いていた印象は「宗教的な用語を多用するがその意味は明かさないなどの、投げっぱなし系」であったが、『シン・エヴァ』ではテーマをしっかり説明し、理解しやすくしている印象を持った。おかげで新劇だけ見たような自分であっても理解できたと考えている。
以下、基礎点からの加点減点。
-2:第3村での展開が冗長に感じた。いや、アヤナミレイ(仮称)(以下、別レイ)が居場所を見つけたりシンジが回復するための時間であることは理解できるが、それでも長く感じた。
+1:第3村の展開は別レイの喪失を印象付けるためだけの演出と思っていたが、鑑賞後にここでの展開が「社会」の必要性を描いているのだと思ったこと。
▼人物基礎点:20(最高)
どのキャラクターも魅力的であり、かつ心情を吐露してくれる場面もあったため理解しやすかった。とりわけゲンドウとアスカの心情描写がわかりやすくて良く、完結編に相応しい描き方であったと思う。
以下、基礎点からの減点。
-1:ミドリ(ピンク髪かつ厚ぼったい唇の、軽いキャラした女隊員)が少し不快なキャラクターであるため
▼総合基礎点:15(かなり良い)
物語と人物部分で書いたように、完結編として申し分ない作品だと思う。しかしながら個人的には、鑑賞後の心地よさ(≒カタルシス)がそこまであるわけではなかった。わかりやすく作ってくれた分、疑問点や不明点、謎に思う部分もあまりないため再度観ようという気にはなっていない。そのため基礎点は15点とした。
【印象的なシーン】
その1.別レイが活動限界を迎えて液化する場面。それまでの牧歌的な雰囲気が一変して一気に引き込まれた。
その2.ミサトが銃弾からシンジをかばって被弾するものの、「シンジくんの全責任は艦長の名において私がすべて負う」のように宣言したところ。ミサトのシンジに対する信頼(≒愛情)が表れていて、軽く涙ぐんだ。
その3.ラストカットにて主題歌『One Last Kiss』の歌いだしが流れてきた瞬間。
以下、基礎点からの加点。
+1:ラストシーンの心地よさとハッピーエンド感
+1:圧倒的な映像美
+1:神木隆之介の起用理由と推測しているコト(これについては段落6.にて触れる)
2.『新世紀エヴァンゲリオン』として伝えたいこと
『シン・エヴァ』いや『新世紀エヴァンゲリオン』として庵野秀明が伝えたかったことはたった1つであるように思う。それは「自分の殻に逃げ込むな。傷つくのを覚悟の上で他者に近づけ。人との繋がりが一番大事なのだから」だ。これはシンジの言動、情動および行動と、ゲンドウの過去およびそこから発生した動機から読み取った。
人は一人では生きられない。正確に言うなら、他者と関わって社会を形成してこそ人間として生きられる。だからニアサードインパクト後のセカイにおいても、そんな状況下で形成されたシャカイ(=第3村)を描いていたのではないかと思う。そしてこれは、ヒトが生きていくには社会が必要ということを示しているのではないか。ひいては社会を無視している「セカイ系」への間接的な反論ではないだろうか。そう自分は感じた。
3.役割的な意味での「マリを追加した理由」
新劇の特徴としてマリの追加がある。ではなぜ追加したのか?と考えてみた時、次の2点の役割を持たせたかったからでは、と考えた。
3-1.戦闘的な役割
戦闘的な役割としては、アスカを戦線離脱させても問題ないようにする、ということだと思う。『シン・エヴァ』では開幕からタイトルコールまではマリひとりで戦っているが、これだってマリがいなければ描けない戦闘だ。この戦闘そのものにはあまり意味がないと思うが、マヤとその部下たちとの関係性を描くためには必要なシーンだ。またアスカはこの時、シンジ達とともに放浪したのちに第3村に滞在する必要があるのだから、その意味でもマリがいた方が良い。
そして戦闘的にもっとも重要なのはシキナミタイプの生アスカにアスカが取り込まれたあとで、すなわちここでアスカを戦線離脱させてもエヴァパイロットが存在している状態で物語を紡ぐことができる。そのためのマリなのだと思う。
3-2.物語的な役割
物語的な役割としては、シンジとアスカを「くっつけないため」と考える。ここで重要なのは、シンジとマリがくっつくことではない。それは後付けというか消去法的に決まることであって、一番の役割はシンジとアスカをくっつけないことだ。
『シン・エヴァ』クライマックスでのアスカ回想シーンで描かれる通り、アスカが求めているのは恋人というより父親に近い存在である。これは、シンジが成長する前に求めていたのが恋人ではなく母親であることと対比されている。だから新劇においてシンジとアスカがくっつくことはないのである。しかしシンジとレイが結ばれることもまたない。レイは母親であるところのユイとニアリーイコール、または妹になるかもしれなかった存在であるため、結ばれることは禁忌である。
だがそうするとヒロイン2人ともが主人公と結ばれないこととなり、世界は救われてもシンジが救われた気がしない。そのためのマリなのである。
はっきり言ってしまうがアスカまたはレイに比べると、マリとシンジが共有した時間は薄く短い。またマリはゲンドウとユイと同級生であることから、生きてきた年数がかけ離れているとも思う。しかし肉体年齢的には、エヴァの呪縛から同時に解放されたシンジとマリはほとんど同じであるし、精神年齢的には成長後シンジはゲンドウを超えているだろう。もちろんマリの精神年齢も成熟しているため、その意味ではベストカップルと言える。
以上が、自分が考える「マリを追加した理由」である。
4.旧エヴァからのファンへの真なる感謝(≠ファンサービス)
パンフにある通り、旧エヴァから25年の月日が経った。旧エヴァ放送当時に思春期であった人は今、アラフォーになっているということだ。そして旧劇を含む旧エヴァは、いわばバッドエンドであると周りから聞いている。世の多くの人はバッドエンドよりハッピーエンドを望むだろう。その意味で旧エヴァファンはやるせなかったことと推察する。代わりの物語を求めた人もいただろう。しかし新劇の所信表明にて庵野秀明が断言した通り、"この12年間エヴァより新しいアニメはありませんでした。"という状況だったのだ。つまり、旧エヴァファンは「エヴァの呪縛」によって時間を止められていたのだ。
そんな中で始まった新劇。『序』『破』での盛り上がりとは裏腹に『Q』では鬱々とした展開になり、また空白の時間が8年以上続いたため旧エヴァファンは不安だったのではないだろうか。しかし公開された『シン・エヴァ』は、ご存知の通りきれいにまとめたハッピーエンドであった。旧TV版の各回タイトルを高速で流した場面などは、旧エヴァファンにはたまらないものだったのではないだろうか。
自分がはっきりとわかったシーンはこのTVタイトル部分だけであったが、それらを盛り込んだのは「ファンサービス」などという軽いモノではないと考える。ではなにか。それは旧エヴァからのファンへの「真なる感謝」なのではないだろうか。そして『シン・エヴァ』によって、旧エヴァからのファンは「エヴァの呪縛」から解放されたことだろう。彼らの時間はようやく動き出したのだ。
5.もし次に庵野秀明に語ってほしいテーマがあるとすれば、それは「認め合う事」
『新世紀エヴァンゲリオン』として伝えたいことは段落2.にて書いた通りだが、これは中高生に向けたメッセージであり現代で生きるための第一歩と言えるだろう。では第二歩はなんであろうか。
それは「認め合う事」と考える。「認め合う事」はLGBTQに代表される性的マイノリティに対してもそうであるし、世代ごとの人数差から生じる世代間理解においても大事なことなのではないだろうか。
庵野秀明が次に何を語るのかは存じ上げないが、もし「認め合う事」を語ってくれるなら期待して待ちたいと思う。
6.『君の名は。』を、つまり新海誠を認めているというメッセージ
『シン・エヴァ』を観ていて、自分はなぜだか『君の名は。』を想起していた。覚えている限りで挙げると以下の4点となる。
6-1.別レイに対するシンジのセリフ「君の名前は?」
6-2.エヴァが先にやっていた「音楽を流しながら日常を切り抜きで描く」見せ方の使用
6-3.第3村という農村で繰り広げられる「エヴァっぽくなさ」
6-4.ラストシーンの社会人シンジの声を神木隆之介(=『君の名は。』の主人公である立花瀧役)に任せたこと
ここからは完全な推測となるが、庵野秀明は『君の名は。』を、つまり新海誠を認めているのではないだろうか。
段落4.にて引用した言からもわかる通り、庵野秀明は新しいアニメを求めていたが1995年~2006年までの12年間では現れていなかった。しかしついに現れたのが『君の名は。』(2016年公開)だったのではないだろうか。
上で挙げた4点のうち、客観的に見て明らかなのは「6-4.ラストシーンの社会人シンジの声を神木隆之介に任せたこと」だ。緒方恵美が社会人シンジの声を出せないとは思えない。ではなぜこんな大役を神木隆之介に任せたのだろうか。客寄せパンダ?いや違うだろう。むしろ旧エヴァファンからは反感を買うはずだ。もちろんそんなことを庵野秀明が想像できないとは到底思えない。ではなぜか?
そう考えた時に自分が結論したのが、庵野秀明は『君の名は。』を、つまり新海誠を次世代のアニメ監督として認めているということだ。そして新海誠にバトンを渡すことを示すために、批判を承知で神木隆之介を起用したのではないか。ちょうど宮崎駿が『風立ちぬ』で庵野秀明を主演に起用したように。
自分は、そう考えている。
#シンエヴァンゲリオン劇場版
ちゃんと落とし前をつけてくれてましたね!満足しました!途中何度かちゃんと終わるのかなぁ?って不安になったけど😅こんなに上映時間長いのに全然退屈しなかったし、疲れることもなく最後まで楽しめたなんて凄いよね!お疲れ様でした!ありがとうございました!って感じです!
ありがとう。そして、さようならエヴァンゲリオン。
最高すぎかよ!
終わらせることだけを目指した映画
「エヴァQ」から8年強。Qの正当な続編であることはいうまでもなく、テレビシリーズから続く「恒例化したエヴァ」を終わらせるための映画。
ひとことで考察するなら、映画内に存在する複雑、奇形化した「語りうるエヴァ」を登場人物たちに全てを無理矢理押し付け、各々の物語を主観的、あるいは客観的に語らせ、ある意味で終わらせることにより、「作品としてのエヴァ」を完結させた映画。
ベタベタなメタフィクションを持ってして、キャラクターたちによる、がんじがらめになった毛玉の中から、一本ずつ糸をといていくさまは、期待を裏切られた感は否めないものの、物語としては一応成立はしている。
つまりこの映画、結局はキャラクター達の物語でした、みんなの期待するエヴァはどこにもありませんでしたと白状しているのだ。
結果として、エヴァという得体のしれないものはせいぜい作品を象徴する、ある種のシンボルマークに過ぎなかった。
一方で、アクションシーンに関しては度肝を抜かれた。
オープニングでは、赤く染まったパリの街を背景に、オブジェがこれでもかと自由自在に飛び回る。
もはやどの距離にもどの角度にもオブジェを動かすことができることをさまざまと見せつけられた。
画面すら余裕で飛び超えてくる迫力満点の動きのすさまじさはここ最近のアニメーションでは味わえなかった映像美としての「動」であったことは認めざるを得ない。
でもまあ二回目は飽きたし、あまりにビュンビュン動き回るものだから目で追いづらく、しかもめちゃくちゃ光るから捉えづらい。迫力だけが取り残されて、本来大きくて重いものが、ちゃっちぃものに見えてしまったのは、自分の目が慣れていないからなのか。
まあ欠点は目につくものである。そんなことよりも復興の街を描いたところがこの映画で最も評価できるところなのだ。あれがなければエヴァに希望も何もあったもんじゃない。
そして自然。あれだけ自然を蔑ろにしてきたはずの庵野がキャラクターをうまく自然に組み込み、映画として守られるべきものを見事に表現し、美しい時間を演出した。
あの街での生活を一生描いていて欲しかったものの、やはり終わらせるための映画として、エヴァは動き出してしまった。しかもシンジ君の豹変ぶりは如何に。自然に興味なしのアスカ。唯一街に溶け込んだレイでさえ浮きっぱなし。自然だけを描写していればいいものの、不器用な予感だけで全てを無かったことにしようとするのはいかがなものか。
まあ結果的には紆余曲折した物語の中で、キャラクターそれぞれの道があることを示すベタな展開は久しく忘れていたし、00年代から用いられてきた、アニメとしての本来のおもしろさを味わえただけでもこの映画は見る価値はあるのではないでせうか。
ヲタクという病 への最終結論がコレ
現実の中で幸せを見いだす事でしか、人が幸せになる方法はない。
これはヲタク先進国だった日本の最終結論だと感じる。
25年前にシンジくんと同世代だった人は今や40代~30代後半だ。
エヴァに何かしらのシンパシーを感じてシリーズを追っかけていた かつての子供も
それぞれの岐路をかいくぐり、大きな失敗だったり誰かとの決別だったり、精神の羽陽曲折を経て この最終話にたどり着いている。
背景を思い返してみれば
80~90年代に社会問題になった【ヲタク】という【現象】は2020年代現在、当たり前の存在であり概念となり
アニメや漫画やゲーム、アイドルや映画や小説、音楽等、全ての娯楽創作物は、つまらない現実の逃避先として認められている。
そう。
結局はヲタクかどうか 子供か大人かに関わらず現実は誰にとってもつまらないし、満たされない物だったという事だ。
それでも、
現実を受け止める勇気を持てた人達は既婚未婚 男女 年齢問わず、この現実世界の中で希望を見いだし 希望を持って生きる事が出来ている。
だが、現実から逃げて現実をボヤかし
切り離し過ぎてしまった人達はどうなっただろうか。
逃避先の世界の中の自分は幸せだが
【現実の自分】だけはいつも置き去りで
現実の自分と 理想の自分がドンドン剥離していき、自分(現実)が邪魔に感じる所まで来てしまっている。
簡単に言えば、楽しい娯楽に触れた時
「あー楽しかった。明日も頑張ろう。」
というのが正常な状態で
「あー楽しかった。明日なんて来てほしくないな」
というのが娯楽との距離感が狂いだしている状態、ということだ。
いくら想像の中で自分が幸せを感じたとしても、それを眺めている現実の自分が
現実との折り合いをしっかり保てていなければ、何を感じようが何を得ようが無意味なのだが
そのバランスを失った人が爆発的に増えたのがエヴァ世代だった。
この最終話でゲンドウは
現実を切り捨てひたすら想像の理想世界を追い求めていた自分の弱さを打ち明け、精神的な欠如に気付き、それを受け入れることで救われた。
シンジやアスカやカヲル、その他の登場人物全員、自分は幸せになりたかった事に気づき、認めて、打ち明け、その自分を受け入れる事で次の段階に進んだり救済されている。
終盤とラストを見れば分かるが
初期映画にも見られた
【これはアニメだ。作り物だ。】という演出がふんだんに盛り込まれ、現実の世界を映して物語は終るが
初期映画にあった怨念や憂鬱さは消えて、現実に帰る人達の背中を押すような演出だった。
これは庵野監督の師匠筋にあたる今は亡きジブリの高畑監督が提唱し続けて来た
「こんな世界に行きたいなーと思わせてしまうようなアニメは人を救うようで結果的には救わない。見た者が現実はつまらないんだと感じさせてしまうような作品は創作物として邪道だ。」というポリシーに通じるものがあり、蛍の墓やポンポコも同様の終わり方をしている。
話は反れたが
エヴァンゲリオンという現象は
80~90年代に人類が直面した 【娯楽作品への逃避行為】という死に至る病に対する
実録の取り扱い説明書であり、結論だと感じる。
おわったね~
長かったシリーズも終劇となりましたね。
庵野監督が作りたかったモノなので、これで我々は納得するしかないのでしょう笑
文句はないです。
ゲンドウが途中から・・・ガンバスターに見えて・・・集中できなかった笑
終劇
四半世紀に亘ったEVAの世界が、今回で本当に終劇となった。
賛否が出なければEVAでは無いので、今回も当然賛否は喧しいでしょう。
しかし、「EVAは庵野監督の私小説である」という意見に賛成なので、
この終わらせ方については、監督の意向を完全に受け入れたいと思い
肯定的にとらえています。
少なくともこんなにも長い間、気になり続けた作品は他にはない。
率直に感謝と称賛をささげます。さらばすべてのエヴァンゲリオン。
ここからネタバレ含みます。
採点はもちろん盲目的に5点でも良かったのですが、EVAを完全履修
していないと100%楽しめないので、マイナス0.5してしまいました。
TV版、旧劇場版、新劇場版、貞本EVA(公式のコミック版)これら
すべてを知らないと、理解できないシーンが多いと思います。
そしてこの決着は、貞本版EVAが一番近い感覚なのかな。
コミックはまだ見ていないという人がいたら、一読をお勧めします。
肝心の映画の中身ですが、長丁場も苦しくならない見事な出来でした。
映像、音楽、声優、すべてが最上質なものだったので満足。
序盤はサービス過剰なぐらい同窓会感が出ていて、観ていてとても
楽しかった。(トウジ、ヒカリ、ケンケン、ペンペン、加地クン)
中盤の怒涛の展開と迫力ある画づくりには圧倒されました。
そして終盤、庵野監督のオトシマエのつけ方に完全にやられました。
これほどのカオスに満ちた物語のラストメッセージの、なんと凡庸な
ことか。けれど四半世紀の苦悩の結論が凡庸であったことは、自分に
とってはかえって納得感がありました。
サブタイトルのTHRICE UPON A TIMEは3回目の世界? という意味ですかね。
もしかして世界がループしているのではなく、書き換えられているという
ことなのかと考えさせられる終盤でした。
観終わった後、元々のタイトルである新世紀(ネオンジェネシス)という
題名そのものを伏線回収するという大団円であったのだと好意的に解釈し、
納得して帰途しました。これで終劇なのですね。
長い永い青春が終わった感じがします。
ただ、「さようならは、またねのおまじない」と言ってたから、本当に
終劇なのかは、神(庵野)のみぞ知るって感じかな。笑
PS.個人的には、挿入歌にVOYAGERが使われたことが嬉しかった。
そしてイスカリオテのマリアには驚愕した 笑
なんとも綺麗な最終回
ファン向けです。劇場版以外にもテレビシリーズを見ておかないと話を理解するのは難しいかも。でもただ楽しみたいのなら見る必要はないでしょう。アクションは派手でかっこいいですし。
個人的にはマリが推しなので活躍していたのはうれしかったですね。それに彼女の魅力である相手を舐めきっている態度は変わりませんのでここも最高でした。
友達と見に行けば後でワイワイこれはこういうことだったんじゃないかと話せるでしょう。友人と見に行くことをお勧めします。
ちなみにパンフレットは1,500円と高いですがそれだけの価値はありますよ。
2回目見ました。
テレビで力を抜いて先の展開を考えながら見るとめちゃくちゃ分かりやすかったですね。大体理解できましたら。
今までエヴァは失礼ながら庵野監督が自己陶酔したような作品だと思っていましたが考えを改めました。
もう一度テレビシリーズ見ようかな。
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