「貫いた自由と信念と愛」The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
貫いた自由と信念と愛
ビルマ(現ミャンマー)を軍事独裁政権の圧政から民主化へ導いたアウンサンスーチー。
ノーベル平和賞、幾度もの自宅軟禁など日本でもつい最近まで度々ニュースで取り上げられ、何をしたどんな人かは大まかには知ってはいたが、改めてじっくりと知るには実にちょうど良い作品であった。
父はビルマに命を捧げた英雄。だから娘もずっと政治の中心に居続けたと思いきや、そうではなかった。
イギリスで暮らし、妻であり母であった。
母の看病の為、故郷へ。
国民からすれば、英雄の娘が帰ってきた。期待するのも無理はない。
しかし当の本人からすれば、自分に父と同じような事が出来るのか。政治経験も無く、長らく外国で暮らし、一介の妻で母である自分が。
が、祖国に戻ってこの目で見た祖国の苦しみ。
祖国を愛する気持ちは自分も同じ。
父は祖国に命すら捧げたのだ。
殉教者になれという訳ではない。
父は祖国の為に尽力した。ならば自分も…。
アウンサンスーチーは非暴力を貫く。
彼女の父は暗殺されたが、暴力に暴力で対したら、殺し合いになってしまう。
暴力に対する最大の戦いは、非暴力。
争いの火種である悲しみ、憎しみ、怒りに非暴力で打ち勝て。
それと対比するような軍事独裁政権。
赤いスカーフは殺す権利がある印だ、と軍人。
現将軍は非情にも配下の者を殺す。
こんな普通ではない世界が、ほんの遠くない過去に、ほんの遠くない国で起きていたのだ。
意表を突かれたのは、監督と主演。
監督がリュック・ベッソンなのが公開時から驚いていた。
最近、監督作も脚本作も生温い作品続くが、間違いなく近作ではベストワーク。
さすがにアウンサンスーチーの長い戦いを2時間強に収めるには無理があり所々ダイジェスト的で、軍事独裁政権もちょっとB級チックな悪役描写だが、サスペンスも織り込み、熱と力がこもった演出。
ベッソンは強い女性を描く事が多い。だから案外本作は意外でもないのかもしれない。
ミシェル・ヨーがアウンサンスーチーを熱演。
ミシェル・ヨーと言うとどうしてもアジアを代表するアクション女優としてのイメージが強いが、アウンサンスーチーの内面の強さ、凛とした魅力、一人の女性としての弱さをも体現。
アクション女優としてではなく、人間的な芯の強さを溢れさせ、ミシェル・ヨーのキャスティングもまた意外ではない。
夫役デヴィッド・シューリスの好助演も忘れてはいけない。
国の指導者となる妻を、全力でサポート。傍に居る時も、離れている時も。
ふと思ったのは、妻の志を否定するシーンと無い。
いや、全く無かったという事はあるまい。何処の世界に、妻を危険な渦中へ放り出す夫が居るものか。
妻の事は勿論何より心配している。
そして誰より、妻の事を理解している。
それらを滲ませる好演。次いでに、双子の兄弟役で一人二役!
話は小難しい政治云々より、家族愛や夫婦愛を主軸に据えたのは良かったと思う。
アウンサンスーチーを苦しめる軍事独裁政権の圧力。
それを政治的弾圧で見せてもなかなかに伝わり難い。
多少メロドラマ的になっても、離れ離れにさせられる家族で見せた方が万人に伝わる。
長い軟禁生活。夫や子供たちに会う事すら出来ない。
つまりそれは、妻が居ない夫、母が居ない子供たちでもある。
やがて夫が病に冒されている事が分かる。
死の床であっても会う事は許されない。
選択を迫られる。家族か、祖国か。
喚き泣くアウンサンスーチーの姿は胸に迫る。
現在に至るアウンサンスーチーの活動に関しては詳しくはない。
調べると、アンチ派も少なくないようだ。
が、幾度の悲しみや苦しみを乗り越えた自由と信念は真のものだ。