「鋭い」おおかみこどもの雨と雪 JIさんの映画レビュー(感想・評価)
鋭い
上手い。シーンの意味を深めるモチーフ選びのセンスに驚かされ続け、いちいち感嘆して観ていると、話の進行が速すぎるとさえ錯覚してしまう。
各人物のセリフやしぐさの描写も人間の味わい深さを鋭く表現していると思った。
各シーンが、おそらくは誰もがいつか経験した空気感、雰囲気を持っていてリアルだ。
例えば天候や気温、時間帯に影響される心情の変化。雨の日と晴れの日とでは気分が違うし行動に差が生まれる。
それからもっと細かい点では、前半、都会のシーンで花が追い詰められていくシーンも簡潔ながら豊富な情報量で花の心境が伝わる。夜に公園で、酔っ払いの声にすら恐怖する感じとか、ちゃんと知ってる人の視点ではないか。
このように、一つ一つのカットの視点の鋭さ、センスの良さに感銘を受けた。
狼男の死は唐突で謎だが、半分狼という体に何らかの無理があって、それが急に発現したのだ、などと推察すると自然だと思うし、少し悲しい。何かを見つけた花が思わず傘を落とすと、傘に隠れていた向こう側に狼の死体が…。この見せ方がとても好き。
田舎に引っ越す理由は、人間と狼のどちらの生き方も選べるように、というが、花自身の精神的な負担も考慮しているといえる。
初雪の輝くなかを三人が疾走するシーンが泣ける。苦難を乗り越えるために笑顔を作ってきた花が、幸福の、本物の笑顔を見せ、生の喜びを全身で表現する。劇中、最高の笑顔である。
直後、一転して雨が川に落ちるシーンがあり、少し唐突に感じたが、同じ雪の場面を用いて、生と死の対比を創っていると思われる。ここで雨の狼としての野性が現れると共に、子供を失いかけると花は正気でいられなくなることが示される。花の心の支えが子供達であることが、生と死の両イメージで描かれる。
人物の肉体性はリアリティのポイントになっていると見え、雨と雪それぞれが成長と共に感じる心や体の変化は品よく描き出されている。また、転んだり落ちたりしたときの体重の描写も良く伝わり、実在感満点である。雨がラスト、母を抱いて運ぶというのはいいアイディア。雨にとって今まで自分を抱いて守ってくれていた母の体重を、自分の腕に感じながら歩くという、なんとも生々しく、感慨深い。花の体格の華奢さがここでも生きてくる。自分を守っていたものの弱々しさを感じ、反って「母」の強さを知る。
それから、無音を含め、サウンドの効果は素晴らしい。
例えば、狼男の死体を見つけるシーンでは、音が急に消える効果でハッと息をのまされる。
初雪の上を疾走するシーンや、雨が先生と山を駆けるシーンでは、SEを無くして音楽と絵のムーブメントで見せる。
逆に雪と雨の喧嘩のシーンでは、音楽はなくSEと絵のムーブメントで見せている。気持ちのいい表現だと思う。
各人物にいちいち共感できた。人間のらしさを鋭く表現していると思う。
私は子育てをしたことはないが、それでも花の一挙一動に共感できた。
それから、この物語が提示する美意識や価値観に強く賛同したい。
主人公の清貧といっていい人格は、資本主義の欠点が認識されつつある今の時代に鑑賞される意義が大きいように思う。
確かに、細かいツッコミどころはあるし、価値観の違いや、さまざまな理由で批判する意見が出るのも分からなくない。特に、花のような人物に会ったことがあるかどうかで、かなり印象が変わりそうだ。
私は、表現、そして監督の思想への共感から、どうしてもこの映画を高評価せずにいられない。