DV ドメスティック・バイオレンスのレビュー・感想・評価
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共依存ではなく、洗脳
これはキツい映画でした。アメリカでの DV (Domestic Violence) の実情と、DV 被害者の保護シェルター施設を記録したドキュメンタリーです。
アメリカはマッチョの国ですから男からの暴力も凄まじいのですが、大きな問題として本作で取り上げられるのが、被害者である筈の女性が加害者の夫や恋人を庇う事が多いと言う事実です。夫にハンマーで殴られて、通報により駆け付けた警官に対して「でも、夫にも助けを」「彼に怒りが感じられない」と訴えます。「私には別れる方が辛かったの。殴られるよりね」と語る女性もいます。或いは、「一番難しいのは別れる事」と語る人も。または、自分が遭遇しているのは家族の揉め事であり、これがDVであるとは認識できていない女性もいました。
心身ともにボロボロにされているのに、なぜさっさと別れないのだろうとやはり考えてしまいます。近年日本ではそれを「加害者・被害者の共依存」と表されるのをよく目にします。しかし、シェルター施設の職員が入所者に語っている言葉を聞いて、「どっちもどっち」の様にも聞こえる「共依存」と言うのは適切ではないなと気付きました。本作では、それを「力と支配」と表しています。
加害者(殆どの場合が男)は被害者(女性)の自由意志を否定し「そんなのつまらぬ事」と思い込ませ、経済的自由を奪って自立出来なくし、友達も遠ざけて孤立化させ、精神的に追い詰め「この人の庇護を離れては生きて行けない」と無力化されるのです。そして、肉体的・性的虐待で隷属させるのでした。ここには「共依存」の言葉では曖昧にされる明らかな「力の傾斜」と「抑圧」があります。それを本作では「Brain Washing Technic(洗脳)」と語っていました。
更に、本作で改めて思った事。妻や恋人への虐待と構造的には類似しているのですが、質的に全く異なると思えたのが子供への虐待でした。大人(多くの場合は両親)の保護を100%必要とし、後の一生を大きく左右する時代に暴力と無関心の仕打ちを受ける子供の姿は見ていられません。父親からの虐待を受けた結果、
「パパが死んでも、わたしは泣かないよ」
なんて事を5歳の少女に言わせてはならないでしょ。血が噴き出すほどに自分の子供を殴り続ける男が学校の先生だなんてあってはならないでしょう。
これは、四半世紀前のアメリカの映像ですが、現在の日本でも見えない所で予想以上に広がっている姿なのかな。
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