光のノスタルジアのレビュー・感想・評価
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私がここにあるということ
その大きさと乾燥地であることから、大きな天文台が設置されているアタカマ砂漠。ここは、ピノチェトによる大量虐殺者が埋められた場所であり、先住民が死者を葬った場所でもあった。砂漠の死者は乾燥と塩分によってミイラとなり、砂へは帰らない。
天文学も歴史学も考古学も過去を分析する学問だが(天文学もそうだというのが面白い)、天文学は地球もその他の星も同じ成分でできていることを明らかにし、地球や〈私〉というものの優位性を消去する。アタカマ砂漠で虐殺された者たちの骨を探す作業は、他ならぬ〈私〉とその家族の存在が地球上に刻み込まれている痕跡を探す。 片方には傷つきを癒すというもう一つの大きな目的がある。両者に大きな違いはあるものの、どちらも〈私〉というものの存在の根拠を見つける作業として、〈私〉というものは遍在するという視点を得ることで、円環を描いて映画は終わる。
冒頭見ていて『三体』を思い出した。思えばあの小説(ドラマ)も、エンタメではあるが革命の傷をどう癒すかということではある。天文学・考古学・歴史学に文学が交わる。
【”二つの過去の探求”ピノチェト軍事政権下で行われたジェノサイドを風化させない哲学的ドキュメンタリー作品。】
ー チリ出身のパトリシオ・グスマン監督が、世界中から天文学者の集まるチリ・アタカマ砂漠の美しさと、独裁政権下に弾圧の地として用いられた負の歴史の両方にスポットを当てるドキュメンタリー作品。ー
◆感想
・アタカマ砂漠の上空の美しき澄んだ星空と、ピノチェト軍事政権下に捕らえられた政治犯の遺体の対比。
・そして、高地で乾燥しているアタカマ砂漠に世界から集まる天文学者、考古学者の姿と共に、肉親の遺骨を探す人々が語る言葉。
<2つの異なる時間が祖国を愛するパトリシオ・グスマン監督の手法により交錯し始め、観る側に様々な事を問い掛けてくる哲学的なドキュメンタリー作品である。
美しきアタカマ砂漠の風景、夕景、澄み切った星空は忘れ難い。
故に、そこから掘り出されるジェノサイドにより命を失った人たちの亡骸は悲しい・・。>
夜空の星の神秘と人の営みの不思議、見えない命の大きさ
何だか、これはSF映画の世界にでも迷い込んでしまった錯覚を覚える作品だった。
そして、小学生の頃の星空を飽きずに眺めていた子供時代に帰還した感じ。
カメラが映し出す星空を見上げるのは、何とも夢見心地と言えば良いのかなぁ?
最近では、プラネタリュームなどへも行かないし、ゆっくりと星空も眺めない。
そして、私は天文学に無知なので、チリの山岳地帯にこれ程の最新で、最高の設備の整った天文観測所が存在していた事すら知りませんでした。そしてここに世界各国から多数の天文学者が集結している事も全く知りませんでした。
その一方で、この作品で、独裁政権下で愛する家族を失った人々が、これらの砂漠地帯で今尚遺骨探しに明け暮れていると言う現実が描かれている。
その宇宙観測と遺骨収集と言うかけ離れた現実を目の当たりにすると、不思議とこれらかけ離れている事が一体化していると言う気持ちが生まれる。
人間の争いや、憎しみって、本当はとても小さい事に気付かされるのだ。
宇宙の歴史と、時間の長さを考えると、人の一生は余りにも短い。
そしてこの宇宙空間から考えると情けなくなる程ささやかで、小さいエリアで人は生きている。この小さな地球の片隅で、日々私達は取るに足らない事で互いの命を奪い合う。でもその命は、1度しかない人生でとても貴重な体験なのだから、殺し合う事程愚かしい事はない。
天文観測所のドキュメンタリー作品だと考えていたら、これは予想に反していた作品でしたが、決して観て損はない作品だと思いました。当たり前の事だけれども一人一人の小さな命もみんなこの広い宇宙の一員なのですね!みんなが一つに溶け合って宇宙が出来上がっているってとても神秘的で大きな感動でしたよ!
素敵・・・
チリとともに去りぬ
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