「台詞を切り詰めて観客の想像力に訴えかける、男の美学を描いた作品。」ドライヴ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
台詞を切り詰めて観客の想像力に訴えかける、男の美学を描いた作品。
タイトルから、派手なカーアクションを期待するムキには、地味に思えるでしょう。もちろん本業がカースタントに、裏稼業が「運び屋」とくれば、誰だって「トランスポーター」シリーズを想像してしまいます。
だけど車が飛んだりしないし、クラッシュする車の量もは控えめ気味。
本作の感じは、フランス映画のバードボイルドへのオマージュがたっぷりで、通好みの作品といえます。寡黙な主人公をヒーローに押し立てて、その背中で男の美学を語るのです。主人公の優しさは、木枯らし紋次郎に似て、身返りを求めずヒロインから去って行くところはかっこいい!だから、主人公には名前も明かさず、孤独なキャラが似合っています。演じたライアンによると、当初はもう少しセリフのある役だったというが、ニコラス監督と相談するうち寡黙なキャラになっていったのだとか。
監督が切り取るロサンゼルスの街のあやしい魅力を切り取った映像に、ライアンがよくマッチしていて、作品の世界観を完璧に作り上げていました。
主人公は、昼はスタントマン、夜はドライバーとして強盗の逃がし屋という二つの顔を持つというのが本作の要。この二重性には意味が込められているようです。ライアンがいうには「自分の中にオオカミ男のような面を持っていて、それが出てしまうことを常に恐れ、人から距離を置いて生活している。しかし、ついにアイリーンの目の前で、冷酷で残虐なオオカミ男の面が出てしまうんだ」と分析しています。
普段は寡黙で優しくアイリーンに接するけれども、向かってくる敵には容赦しない。そんな突如として放たれる容赦ない暴力性を織り交ぜる緩急のリズム付け方は、すごく通好みの展開だと感じました。
そんな主人公が惹かれていく人妻アイリーンへの淡い恋心は、終盤にふたりの強い絆を感じました。そのシンボルが主人公が着ている背中にサソリが刺しゅうされた白いジャケット。ライアンがこだわったのはヒーローのマントだったそうで、さすがにマントを羽織って乗車は無理なので、ジャケットになったそうです。返り血を浴びて、紅く染まっても決して脱ごうとしなかったのは、ジャケットの色には、ヒロインとなるアイリーンにとって彼が白馬の騎士であるという意味が込められたそうなのです。
その白馬の騎士を待ち焦がれる可憐なアイリーンがまたいいんですね。マリガン演じるヒロインのいかにも幸薄げなところが抜群に魅力的なんです。『17歳の肖像』で注目を浴びて以来、彼女は最近役に恵まれていて、『SHAME -シェイム-』の妹シシー役でも、本作とはまた違った幸薄さを感じさせてくれますから、ぜひ見比べて下さい。見比べるときっと彼女の演技力の凄さを感じるでしょう。
ところで主人公が放つ暴力シーンは、かなりのスプラッターな表現なので、血を見るのが苦手な人は注意が必要です。
台詞を切り詰めて観客の想像力に訴えかける、ムダのない演出と編集。独特の照明に映し出される過激な暴力表現。そして男女の秘めた思いの交差。決してハッピーエンドに終わらないところは、男の美学を雄弁に語りかけてくる作品でした。
ただ30万ドルも主人公に投資しておきながら、主人公を抹殺しようとする投資家の心理がちょっと理解できませんでしたね。そして、100万ドルもの大金をネコババされたマフィア組織が、結局ラストまで登場しないのもハリウッド映画らしくない設定でした。「ワイルド・スピード シリーズ」ならもう冒頭から派手にドンパチするのが相場のところ。本作は主人公の身の回りの人物だけでドラマを組み立てているところが、評価が分かれることになるでしょうね。