「大切なのは、理想の希望という矛盾」ものすごくうるさくて、ありえないほど近い 全竜さんの映画レビュー(感想・評価)
大切なのは、理想の希望という矛盾
若い頃、あの地獄絵図を生中継で目の当たりにした瞬間、絶句したのと同時に、ハリウッドのアクション映画は死んだと直感した。
その事実は現在でも、未だ一切変動していない。
故に今作を観るのにとても勇気が必要だった。
しかし、あんなに怖がっていたのに、いざ始まると、映画として普通に面白かった。
予想外の面白さだったので、批評するのに戸惑う。
それは9・11その時と今後を向かい合った初めての映画だったからだと推測する。
これまで『華氏911』『ワールドトレードセンター』『ユナイテッド93』etc.事件を扱った作品は数多いが、事前に防げなかった暴挙への怒りや反省を最優先しているあまり、事件のこれからを描いていない。
作り手の拒否を感じるのだ。
拒否というよりも、距離というのかな。
対して、今作はキチンと9・11という事実を受け止めようとしている。
同時多発テロで父親(トム・ハンクス)を失った少年(トーマス・ホーン)がたった1人で…。
生前の父親が遺した鍵の答えを求め、必死にニューヨーク中を訪ね回る彼の旅立ちは、事件に塞ぎ込むニューヨーク市民の苛立ちとの出逢いを通し、アメリカ全体の葛藤を代弁している。
いくら答えを追い求めたって、犠牲者達の生命は戻ってこない。
どうしょうもない現実に打ちのめされ、もがく彼の繊細なハートは、瑞々しく、そして、痛々しい。
迷い込んでは、トゲトゲしさを露わにする彼をそっと見守る母親(サンドラ・ブロック)と、口の不自由な老人(マックス・フォン・シドー)が、物語の落とす影を優しく中和してくれる。
あの包容力こそアメリカが9・11に対する“理想の希望”ではなかろうか。
彼の成長とか達成感は二の次である。
“理想の希望”
矛盾だらけの言葉やと一蹴したらそれまでだ。
でも、未だに震災に目を反らす我々だからこそ大切にしなければならない矛盾やと思う。
コンビニの募金箱に、いつもより多目の銭を入れながら、答えの無い答えに今はただ追悼の念を送るばかりである。
では最後に、短歌を一首
『塔墜ちて 砕かれた糸 もがく地図 文字を聴かせて 鍵を呼ぶ空』
by全竜