「亡くなった魂は死後も生き続づけ、遺族をきっと護り導いていてくれているだろう」ものすごくうるさくて、ありえないほど近い Ryuu topiann(リュウとぴあん)さんの映画レビュー(感想・評価)
亡くなった魂は死後も生き続づけ、遺族をきっと護り導いていてくれているだろう
映画フリークの私としては、アカデミー賞に関係する映画は一応観て置きたい衝動に突き動かされるが、この映画を観るには相当迷いがあった。あの911事件から僅かに10年しか時が経っていない。私は、被害者遺族でもなければ、アメリカ人でもないが、あの事件の後も幾度もNYを旅して、決して被害者遺族のみならず、あの日、NYにいた人々であの悪夢の影響を受けてなどいない人は恐らくいないと言う事実を知ったから。
事件後、911の恐怖がトラウマとなり、その後の人生を辛い想いの中で現在も生きている人に何人も出会った。その後、アフガニスタンやイラク戦争へとその被害は拡大され、イラク戦争などで亡くなられた人命は数え切れない。その遺族の事を思うと冷静に映画を物語として観ている事が難しいのだ。
あの911には謎が多く、陰謀説なども存在しているが、その総ては‘藪の中’であり真実が明らかにされる日が巡って来るのは、きっと遠い未来の事だろう。
公式発表では、2753名の方が亡くなり、うち日本人は24名と発表されているが、その亡くなられた方々全員に、家族があり、友人・知人がいるのだ。そしてその被害者を知る人達の多くが、今もその苦しみを克服しながら懸命に毎日を乗り越えようと生きている事実があるのだ。
この映画は、特別に911で父を亡くしてしまう息子のドラマでなくても、父と息子のドラマとして存在は出来なかったのだろうか?
しかし、その一方でオスカー少年と変わらぬ想いで暮している現実の遺族も、必ず何処かにいるのだろう事を想う時、決してこの、忌まわしい事件を埋もれさせてはいけない気も同時にする。
そして、この映画の唯一の救いは、亡くなってしまった父親の存在が、そこで終わってしまうのでは無く、遺族の心と暮らしの中で、今も共に存在し、悲しみの原因ではあるけれども、同時にその死が遺族との関わりを絶ってしまう別次元の世界の出来事ではなく、遺族への愛を立派に育んでいて、ついにはオスカーの希望へと昇華している事だ。ラストのブランコを懸命に漕ぎ続けるオスカーが心に焼き付いた。
オスカーを演じたトーマス・ホーン、そして間借り人のお爺さんを演じるマックス・フォンシドーがこの映画の命であったのは確かだ。彼らの素晴らしい感性無くしてはこの作品の成立は無かったと思う。
オスカーが、このお爺さんを、家に呼び入れた時に、オスカーと父トーマスの写真がリビング置かれている、そのアップショットで、私は涙が溢れ出し止まらなかった。
オスカー少年が鍵を探している事を知った母親が、内緒でブラックと言う苗字の家々に先回りしていたと言う話しは、少しばかり出来過ぎているようで、そんな話しにしなくても良かったのにとも考えるのだが、そんな事にナンクセを付けようする自分の小ささに嫌気がさした瞬間でもあった。
何故911のような人災が起きてしまうのか、その原因の特定はとても一口で簡単には語れないだろう。真実が明かされるのも、ずっと先かもしれない。
しかし2度とこのような惨事が、この地上の如何なる地域でも起きない事を願い、911で他界された被害者のご冥福とご遺族の今の日々が安らかである事をお祈りしてレビューを終わる事にしたい。この映画を制作してくれた事に感謝を捧げたい。