「少年の美しさに自分を見失って・・・」ベニスに死す 琥珀糖さんの映画レビュー(感想・評価)
少年の美しさに自分を見失って・・・
1971年公開(伊・仏・米)
監督はルキノ・ヴィスコンティ。
原作はトーマス・マンの作曲家グスタフ・マーラーをモデルに描いた小説を
「ベニスに死す」を基にしている。
1911年、イタリアのベニス。
心臓の不調のため静養にきた作曲家のグスタフ。
作曲した曲の発表演奏会でこっぴどく酷評され心身ともに疲弊している。
宿泊するホテルで出会った美少年タッジオに一瞬で心を奪われる。
彼は母親とお付きの女性と幼い妹の5人で、ぞろぞろと行動している。
ポーランドの貴族の一家だと言う。
老作曲家が常にタッジオを目で追いかけ、レストランでも、海辺でも
タッジオの姿を追う姿はストーカーのようです。
そしてタッジオもグスタフの思いを知るか知らぬか、視線に鋭い流し目で
答えるのです。
季節は夏。
子供たちは砂浜で戯れ砂まみれで遊んでいる。
タッジオはノースリーブに膝までの海水パンツの軽装。
水着だけでも4点は着替える。
驚くのは主人公のマエストロの厚着の正装。
ベストを着込んだスーツ姿で白ワイシャツにネクタイまで締めている。
いかにも厚着だ。
砂浜でもその出立ちで、ホテル内の食事にはタキシードを着込んでいる。
まったく信じられない。
ホテルは冷房もまだない1911年。
女性たちの服装もロングスカートの高そうなドレスに重たそうな
花飾りを山のように盛られたつば広の帽子。
食事をするのもさぞかし食べ難いと思われる。
昔の人は本当に窮屈な生活をしてたものだ。
苺売りのオジさんはポロシャツに長ズボンという軽装。
オバさんもエプロンに膝丈のスカートだった。
きっと服装は身分を現してもいるのだろう。
労働者階級と裕福な中産階級との違いを。
やがてペストの流行が次第にベニス観光に影を落としていく。
町では消毒薬が撒かれて、消毒薬の匂いで満ち溢れる。
それは「死」を連想する匂い。
グスタフも支配人にローマへの帰宅を勧められる。
それでもタッジオの影を目で追うグスタフはもう正気を失くしているのか?
従業員の肩を借りて海辺のチェアーに崩れ込んだグスタフは、
タッジオの幻影を見ながら息を絶える。
マーラーの「交響曲第5番アダージェット」が初めから最後まで流れている。
ルキノ・ヴィスコンティの映画は、美術・撮影・音楽・衣装。
室内装飾などどれもこれもがとびっきり美しい。
金持ちの婦人は顔立ちも美しい。
少年の美に耽溺したマエストロは、幸せだったのだろうか。
2021年公開の「世界で一番美しい少年」を観ました。
この映画の美少年・ビョルン・アンドレセンの50年後の姿を
追ったドキュメンタリー映画です。
時が経つことの残酷さを感じました。
琥珀糖さん、コメントありがとうございます。
自分語りになって申し訳ないのですが、映画に興味を持った中学生の頃、余りにも本を読んでいないことに気付きました。映画をもっと楽しむには文学の素養も必要と理解しても、元々理数系を得意にしていた反面苦手意識もありました。有名な作家の代表作くらいはと、学生時代に日本文学では志賀直哉、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫、西洋ではエミール・ゾラ、モーパッサン、トーマス・ハーディー、そしてトーマス・マンと少し齧る程度に触れたのです。特に志賀直哉とマンには一時夢中になりました。それから感動した映画の原作はなるべく読もうと心掛けていたのですが、社会人になってそれも満足できるほどではありませんでした。
マンのこの原作は短編なので、そんな私でも何度か読み返しています。どちらかと言うと詩人が主人公の「トーニオ・クレーゲル」のほうが好きなのですが、原作は芸術家の美意識についての考察として勉強になりました。原作が小説家なのは、実際トーマス・マンがある若いホテルマンに惹かれた体験から発想されたと言われています。美の象徴タジオが女性だと老いらくの恋で片付けられて仕舞いがちです。まだ幼い少年でも微妙ですが、性的な視点ではなく、美と醜についての芸術家の精神的葛藤がテーマと思います。
映画化に当たって、音楽的教養も高かったヴィスコンティ監督が、マンと同時代のマーラーを選曲したのは、映画自体が小説より音楽に近いことから最適だったと思います。マーラーの交響曲は長いので親しみ易いとは言えませんが、この5番のアダージェットだけ抜粋して聴かれてもマーラーの美しさに惹かれてしまうのではないでしょうか。個人的に、もう一つお薦めしたい緩徐楽章は、6番のアンダンテ・モデラートです。
好きな作曲家を、ふたりに絞るとモーツァルトとマーラーです。映画と違って音楽については、ただの愛好家です。楽しい時はモーツァルト、苦しい時はマーラーで何とか生き延びてきました。ミュージカルも大好きです。昨年から今年は、「キンキーブーツ」「エリザベート」、「ハリー・ポッター」(舞台)「ラ・マンチャの男」「ファインディング・ネバーランド」「ムーラン・ルージュ」と、年に数回上京して楽しんでいます。年末は「ベートーヴェン」を観劇予定です。老後の唯一の贅沢ですね。
長文長々と、まことに失礼しました。