「「永遠の美」には届かない」ベニスに死す f(unction)さんの映画レビュー(感想・評価)
「永遠の美」には届かない
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主人公は作曲家だ。
彼のモットーは「永遠の美」「理想的な美」「完全で純粋なもの」。
人々の振る舞い,さりげない所作にも気品を要求する。
しかし大衆は彼の芸術を理解せず,挫折する。
回想に登場する友人もまた,主人公に対抗するようにして「俗」の考え方をぶつける。
そんな彼がベニスを訪れて出会ったのが,完璧な美を備える少年タージオ。
美しく,また所作からも上流階級の教育が見て取れる。
主人公はタージオに近づこうとベニスの街を彷徨うが,触れることも叶わない。
やがて主人公は伝染病に罹患。化粧が醜く崩れていくなか,夕日に向かって進んでいくタージオの背中を眺めながら砂浜で息絶える。
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完全な美を目指す主人公にとって,タージオはまさに理想を具現化した存在。しかしいざ彼を目の前にして,自分自身こそが醜い存在であり,理想の美は自分には得難いものなのだと悟る。夕日に向かっていくタージオは,主人公にとっての理想が遠ざかっていくことを表している。主人公の目指した芸術性は,彼の死とともに敗北を迎える。その様を2時間かけてじっくりと丁寧に描写した。夕焼けのラストへ向かって、この映画はマーラーの交響曲とともに絶頂を迎える。
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本作において,笑いというのは下等で俗で下品なものとして描かれた。
笑う者は俗であり,上品な人間は笑わない。
主人公も無表情を貫くが,自分の死を悟ってようやく笑う。
それは主人公が俗へと転落した瞬間であり,またそのことを自覚した自らへの嘲笑でもあった。
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