「よくみたら思ったより結構深い内容だった。」秒速5センチメートル(2007) rockoさんの映画レビュー(感想・評価)
よくみたら思ったより結構深い内容だった。
二年前に見たときは、村上春樹かぶれのナルシスさんが過去の女を回想するオ○ニー映画、でも表現がうまいからそれなりに観れる作品、という印象が最初でした。で、今回仕事場で日本のアニメについての考察という内容の授業に呼ばれて、外国人の学生に対して一日講師をしたときにこの映画について語ってくれと頼まれました。で、あらためてみると、すごくよくできた映画だというのがよくわかります。
大体3点くらい興味深い点があるんですが、まず一つ目は、この作品は望郷や追憶といった古来から日本の芸術の中で繰り返し使われていたテーマを、しっかりとアニメで表現しているところです。なぜ主人公が明里を探して新たな関係を築こうとしないのか、外国人には理解しがたいんですが、実は主人公は彼女と過ごしたその瞬間、体験、感情を愛でているわけなんですね。だから現実に成長した彼女を探すことには興味がない。「ふるさとは遠きにありておもうもの」なんてありますが、日本人は過去の記憶を過去の記憶のまま愛するんですよね。「ただおもってないで、さっさとふるさとに帰れよ」じゃなくて、子供のころに生きた、自分だけのふるさとをおもうこと、それぞれの幸せだったり苦しかったりした過去をありのままに愛して受け入れるというスタンス、それは突き詰めれば、現在を受け入れる姿勢に至るわけです。これは物語のテーマとも合致します。
二つ目は背景描写のリアリティーと人物のアニメ的表現のギャップです。監督本人も言っていますが、これは鑑賞者がより自然に映画の中に入っていけるための仕掛けの一つです。人間、背景は比較的客観に認知しても、己の姿、人と姿はたいてい主観を交えてみるものです。鑑賞者がそれぞれの個人の類似した記憶をたどりながら、登場人物に成り代わり、映画を鑑賞の対照ではなく、映画を「体験」する、という試みがなされています。
三つ目はエンディングテーマに出てくるタイトルです。通常、映画の始まりに出てくるタイトルが最後に出てくるのは、単に芸術的でなんだかかっこいいから、というわけではありません。これは主人公が過去の回想を終え、人生に区切りをつけて、あらたに歩き始まる、ということが表現されていると思います。つまり映画そのものは秒速5センチメートルという物語の前章で、実は映画が終わったところから本当の物語が始まるわけです。それは甘く苦い美しい回想ではなく、面倒くさいこともかっこ悪いことも含めた主人公の現実の人生です。興味深いのが、鑑賞者が登場人物に成り代わり「体験」したあとには、この物語の始まりは登場人物たちの始まりでありながら、鑑賞者自身の現実の人生にまで還元されることです。すなわち鑑賞者それぞれが登場人物たちに自分を重ね、それぞれの過去を回想し、映画の最後には現実の人生を物語に生きることを示唆するわけです。
うまく言葉で表現できていないかもですが、そういった意味でコンセプト自体が非常に新鮮で日本的、しかもちゃんと作品の印象とちゃんとつじつまが合っている、という点で、作品としてのクオリティはコンセプト、アニメとしての表現ともども、非常に高いと思います。
ちょっと演出的にはコテコテすぎてちょっと鼻につくところもありますが、これもコンセプト上必要な要素と考えれば、この作品は世界に自信を持ってお届けできると思います。